夏が嫌いだと言うから、その理由を訊いてみた。
まず一つ目。シンプルに暑いから。判る判る。三〇後半の数字も、アスファルトを歪める陽炎も、ほんとうにげんなりする。
二つ目に、汗が気持ち悪い。流れていくのも、服が張りつくの、ベトベトするのも、すべてが気持ち悪い。
三つ目が、バカがいつも以上にバカになるから。なんだそれ。どうやら、バカが公園に集まって酒盛りしたり花火したりで、毎年毎年夜中までバカ騒ぎしているらしい。家が公園に近いってのも考えものだ。
それから、と言いかけて、止めた。視線は顔の少し下辺りにいた気がする。
とにかく嫌いなものは嫌いと、この話は終わりだと口を閉じてしまった。
後に残ったのは、夏の始まりを告げる鳥の声と、開け放った窓から吹き込む風。
風に吹かれ、前髪がさらりと揺れた。
ぼんやりと、はぐらかした四つ目は想像がつく。きっと、たぶん、同じ理由だと、なんとなく感じている。
衣替えで短くなった袖の、そこから顔を出すしかなくなった二の腕に、そこはかとない恥ずかしさを覚え、目を逸らすしかないのはこちらも同じだから。
よく晴れた夜が好きだ。
月が明るければ明るいほど、心が落ち着いた。
良くないと判りながら、それでも、車もまず通らないド田舎道だから、咎める者はいないと自転車のライトを消して走るのが、堪らなく好きだ。
今主流の自動点灯ではない、安物のママチャリだからできることだ。
風に吹かれて擦れ合い、風とは違うものに揺らされる草葉。蛙の歌と、何かが飛び込む水の音。煌々と光る月は熱を与えず、けれど奪いもせず、ただ世界を青く染める。
ただただ綺麗だ。
田舎はクソだと言う声もあるが、ほんとうにクソなのは人だ。
世界はこんなにも美しい。人のいない世界はほんとうに、ほんとうに美しい。
それを知れることに幸福を見い出す自分は安上がりで単純なのかもしれないが、無意味なまでにハードルを上げ喘いで嘆くことがないのは、やはり幸福だと思う。
願わくば、いつまでもそんな安上がりで単純な人間で居続けたいものだ。
徐々に傾いていく地面に抗うべく腰を上げ、ペダルへと体重を乗せた。ズシリ。一回しすら重く辛い。与えも奪いもしない夜に余分な熱を逃がし、ゆっくり、ゆっくり、坂を駆けた。
「止まない雨なんてなんてないとか勝手なこと言うなよ」
最近リリースされた某男性アイドルの曲。ありきたり、陳腐、よくある、独創性のない、当たり障りがないからこそ広く浅く大衆に受ける。すっかすかでペッラペラ。
「カーニアン多雨事象って知らねーのかよ」
普通は知らないよ。なんで知ってると思ってんの。あんたが古代生物好きだからって、それを世の基準にするなっていつも言ってんじゃん。
「はあ、そう、こういうのが好きなのか」
文句は言っても聞くのは止めない。話題の引き出しを充実させるには嫌なものでも入れていかなきゃいけない。それが好いた惚れたのレースに関わるなら、なおさら。
バカだねえ。無理するねえ。本来のアンタは大昔のものが好きで好きで大好きすぎて、空気も読めないただのオタクなのに。それを隠して射止めても、アンタが辛いだけなのに。
大学デビューなんてしなきゃよかったね。
くだらない愚痴なんて止めて。イヤホンも外しちゃいな。そんでまた、前みたく大昔のことで盛り上がろうよ。
まあ、自分の好きにしか興味のないアンタらしいけどね。
でも、少しくらいは周りからの好きにも気づきなよ。
アンタと思いっきり喋ってた、あの時間がとても好きだったのに。いつかまた、あの時間が戻ってくるって信じて待つのも、……結構しんどいんだよ。