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 よく晴れた夜が好きだ。
 月が明るければ明るいほど、心が落ち着いた。
 良くないと判りながら、それでも、車もまず通らないド田舎道だから、咎める者はいないと自転車のライトを消して走るのが、堪らなく好きだ。
 今主流の自動点灯ではない、安物のママチャリだからできることだ。
 風に吹かれて擦れ合い、風とは違うものに揺らされる草葉。蛙の歌と、何かが飛び込む水の音。煌々と光る月は熱を与えず、けれど奪いもせず、ただ世界を青く染める。
 ただただ綺麗だ。
 田舎はクソだと言う声もあるが、ほんとうにクソなのは人だ。
 世界はこんなにも美しい。人のいない世界はほんとうに、ほんとうに美しい。
 それを知れることに幸福を見い出す自分は安上がりで単純なのかもしれないが、無意味なまでにハードルを上げ喘いで嘆くことがないのは、やはり幸福だと思う。
 願わくば、いつまでもそんな安上がりで単純な人間で居続けたいものだ。
 徐々に傾いていく地面に抗うべく腰を上げ、ペダルへと体重を乗せた。ズシリ。一回しすら重く辛い。与えも奪いもしない夜に余分な熱を逃がし、ゆっくり、ゆっくり、坂を駆けた。
 

5/26/2024, 2:07:40 PM