お祭り、それは夏の風物詩である。私はちょうど近くで開催されているお祭りに恋人と来ている。
恋人は浴衣を着ていた。
「どうかな、?」
すごく綺麗だった、とても。この世の全てに勝るほどの美しさ。
「いいんじゃないか。」
それだけを伝え祭りの屋台へ進む。がやがやと賑わっているお祭りに蝉の声。このお祭りの醍醐味は間近で見える花火だという。花火なんぞに興味はないが、恋人があまりにも期待した顔でいうものだから来てしまったのだ。人混みが苦手な私を連れてきた恋人は申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、こんなにいっぱいだとは思わなくて。」
そんなことで謝らなくてもいい、君とここに来れて私は十二分に嬉しい。
そう言おうとしたが、何だか照れくさくてやめてしまった。
わたあめ、りんご飴、ラムネ、どれもが宝石かのとように目を光らせる恋人は本当に、本当に愛らしい。
「もうすぐ花火上がるんだって。」
あぁ、もうそんなに時間が経っていたのかと感じる。楽しい時間は流れが早い。私たちは花火がよく見える場所に移動した。そこに着くとすぐにアナウンスが始まった。
『皆さんおまたせしました〜!もうすぐ花火が打ち上がりま〜す!それではカウントダウン!』
『5!』
『4!』
『3!』
『2!』
あぁ、もうすぐで打ち上がる。その時だった。恋人が私の前に立ちこう言い放った。
「私と別れてください。」
時が止まったかのようだった。いつの間にか花火は打ち上がっていた。打ち上がったと同時に走り去っていく恋人。何が起こった?なぜ?なにか至らないところがあったのか?
走り去る恋人を追いかけ手を掴んだ。
「ま、待ってくれ。至らないところがあるのなら直す。だから、頼むから、別れるなんて言わないでくれ。」
必死だった。ただ単に他に好きな人間ができたのか、私に飽きたのか、ぐるぐると思考を働かせる。
私がそう言うと恋人はこう言った。
「私、疲れたの。何も言ってくれない貴方に。前からもそうだったけれど、今日だってそう。浴衣、いいんじゃないかって、それだけなの?恋人なら可愛いとか、綺麗だ、とかもうちょっと何かあってもいいんじゃないの?私、貴方の為にすごくすごく今日も頑張って可愛くなったのに。」
言葉に詰まった。事実であったからだ。自分の恥じらいが勝ち、恋人に伝えたいこと、伝えなければならないことのひとつも言えていない。
「私、それなら貴方の恋人じゃなくてもいいんじゃないかって。だって、貴方のその言葉は恋人以外にも言えるでしょう?」
何か返す言葉を、何か、何か、
「・・・別れ際にだって可愛いの一言すら言えないのね。」
「さようなら。」
神様が舞い降りてきて、こう言った。
「悪魔になりなさい。」
意味がわからなかった。だいたい私は神様なんてもの信じる質では無い。それに私は自分の人生の中で良いことをしてきたつもりだった。それなのに、悪魔?なぜ悪いことをするようなやつに?なりたいわけがない、ふざけるな、とそう思った。
だが神様はそんな私を見透かしたように目を細めてまた言った。
「あなたは自分の善が他人の善になっていると思っているのですか?」
はっとした。確かに私は自分がいいことをしたと思っていたことが相手の迷惑になっていたことがある。
ーーー
それは私がまだ学生で、夏の事だった。
よくあるものだが、うちは落ちこぼれ学校だった。
いじめはあるが、誰も止めない。
先生だって停めやしない。
腐りきったものだ、と当初は思っていたものだ。
私はそれを毎日止めていた。
何故か、それはいじめられる側が可哀想であったからだ。
毎日毎日何もしていないのに、理不尽に怒鳴られ無視され虐められる。可哀想だと。
私はいじめられる側の助けに、役に立っていた、つもりだった。
今思えば私が私の善を疑いはじめたのもこの頃からだったと思う。
それはいじめられる側に、言われたことがきっかけだった。
あんたが毎日毎日、毎回、毎秒、止めてくるせいで、こっちはもっとひどくいじめられるようになってんだ!あんたさえ止めなければ俺は耐えられたのに!あんたは良いことだと思ってんのか知らないが!自分の善を他人に押し付けるな!いい迷惑なんだ!!
と。
そして次の日その子は学校に来なくなった。自分のせいだ、と悔やんだものだが、人がしてやったことを仇で返すとはなんて人間なんだ、とも思った。
神様はまた言った。
「自分の善が他人の善になると思い、自分勝手に行動する。それをただのエゴだとも知らずに。」
「善だと信じてやまず、他人にエゴを押し付ける人間に悪魔は相応しい。」
そういって笑った。