ふらりとスキーに出かけた帰り。
近くに温泉があるらしいので汗を流すことにした。
お金を払い入った温泉は、外にも中にも様々な湯船があって壮大だった。
楽しむついでに回っていると、「季節の温泉」という札がかかった湯船があった。お湯にはたくさんのゆずが入ったネットがいくつも浮かんでいる。辺りにはゆずの香りが温泉の香りにほんのりと混ざっている。そういえば冬場のこの時期はゆず風呂が有名だった。
ゆず風呂に浸かりながらネットを少しだけいじる。いい香りで返してくれるこのゆず達は、明日もお湯に浸かって香りを辺りに添えるのだろう。
『ゆずの香り』
初めて見たその景色は、とても綺麗だった。
光り輝くダイヤモンドダスト、眼下に広がる樹氷の群れ。
そんな景色を一目見た瞬間、心を奪われた。
何度も来たい、行ってあの景色を再び見たい。
__そんな思考をずっと片隅にもつようになった。
ただ、季節の特徴は少しずつ消えていってしまった。
あの場所ではもう、二度とあの美しい景色を見ることは叶わないのだと。頭では理解していても、心が、体がそれを拒否し続ける。
もう、あの場所では雪は降らなくなってしまった。
それでも、またあの美しい奇跡を。
いや、もう劣っていてもいい。雪をこの地に降らせてくれ。
今日もまだ、あの場所で待ち続ける。
音もなく降る、美しいキセキを夢見て。
『雪を待つ』
「おはよー」「はよ、飯できてるぞ。」「うぃ、顔洗ってくる。」
なんでもない日常。2人はルームシェアをして過ごしていた。
血は繋がってない。そもそもどこでどうやって出会ったかも忘れた。それぐらい長い仲だし、こうして共に過ごせる程度には深い仲だ。
「「いただきます」」
彼が作ってくれた朝食を頬張りながらふと出会いのことを思い出そうと逡巡する。一向に記憶の底から出てくることは無い。
「どうかしたか?」
どうやらずっとご飯にそっちのけで彼を見つめていたらしい。なんでもない、と誤魔化しながら再び食事に戻る。
とはいえ1度気になったものはなかなか頭から離れないもの。味を気にしないほど考え込んでしまい、気づいたらもう何も残ってない食器が目の前にあった。
「ごちそうさま」
まだ食べている彼を横目に食器を洗い場に流し、部屋に戻ってベッドに倒れ、考え込む。
最近よく見る夢がある。彼がよく分からない奴らを倒していく夢。しかも毎回場所や時代が変わっていく。それがやけにリアルで、最近は現実と区別がつかなくなってきた。それに彼も夜中外を出歩くようになったのが余計にそう感じさせてくる。実は眠っていなくて、実際に後をついて行って見た光景なのではと思ってしまう。
でも、それでも。彼のことは信用してるのでいつか話してくれることを祈って。いまは何でもないフリをしていよう。
きっと、まだ。その時じゃないだろうから。
『何でもないフリ』
まどろみの中、周囲の様子に聞き耳をたてていた。こちらに降ってくる陽の光が暖かくて眠くなってくる。でも、周りのことだって気になる。誰かが、同じ陽の下で呑気に何か飲みながら読んでいる。匂い的に、これはあの苦いのか。あいつは晴れていて家にいる時は大抵あんな感じである。よくかまって欲しいから膝の上に乗ったりするが、あんな文字だけのものを読んでいて飽きないのだろうか。私なら飽きる自信がある。多分数行だけで。…まぁ、生まれてこの方勉強なんてしたことないけど。ずっとあいつがご飯をくれるし、かまってもくれる。そうしてのんびりしていいのが私なのだ。ここに来てからだいたい少しで気づけた。いやぁ、のんびり過ごせるっていいなぁ!
…あいつはまだ集中しそうだし、かまってくれなさそうだから、この暖かい光に誘われたままに寝ようかな。
そうして、私は温かい家の中で暖かい陽に包まれて眠るのだった。
『太陽の下で』
目が覚める。なんだか今日はとても不思議な夢を見た気がする。知らない自分が、まるで今の自分を今まで操ってたのかと錯覚してしまいそうなほどに。夜遅くまで起きてしまって寝る時間が短くなったからこんな夢を見たのだろうか。
夢の内容は、もう思い出せない。
また誰か来た。今度こそ、と思っているのに毎回ちょうどいいところで邪魔が入ってしまうのは何故かしら?
まぁいいわ、次を待つだけ。
拝啓 私を知らない"私"へ
今度こそ、私の存在が分かりますように。
また、会いましょう?
『また会いましょう』