どう頑張っても
忘れられない人がいて
忘れられない思い出があって
すぐに私を過去へ連れ戻す。
今思うと
忘れられない、より
忘れたくなかったんだろうな。
思い出はどんどん遠くなって
一緒に話したことも忘れていって
声も思い出せなくなっちゃったから。
この気持ちも、いつかは忘れる。
だから、無理に忘れなくたっていいや。
忘れないんじゃなくて、思い出さない。
私、もう前を向いて歩いてみるよ。
さよなら。ばいばい。ありがとう。
「忘れたくても忘れられない」
高2の秋。
部活の引退が早かったから
ひと足先にひとりで帰る。
いつもはバスで帰るけど
涼しくなったから
歩いて帰ることにした。
学校の壁伝いに歩いていく。
部活のかけ声。
楽器の音。
少し冷たい秋の風。
夕暮れ時の不思議な気配。
金木犀の香り。
そして聞こえてきた
「ハッピーエンドへの期待は」の
出だしのコーラス。
歌っていたのは
たぶん
グラウンドで練習していた
運動部の男子たち。
なんか上手だったから。
すっと心に入ってきたから。
あの時間は
鮮明に記憶にのこっているの。
「放課後」
夜の道を歩いたら、
もう秋がそこにいた。
ねぇ、大好きな季節がやってくるよ。
あと少しで金木犀の出番。
我が家の近くにある
金木犀の木々に挨拶をしにいこう。
段々寒さが深まると
街が暖かな色に染まる。
きっと誰よりも、紅葉を楽しみにしている。
一瞬で過ぎちゃうんだから
目を瞑ってなんかいられない。
明日も明後日も
見逃していられない。
「きっと明日も」
「じゃあね」
「またね」
「ばいばい」
「ありがとう」
声をかけて
手を振ったら
背を向けて
歩き始めたら
振り向かないようにしている。
そこにもう貴方がいないと、
悲しくなるから。
そこにまだ貴方がいたら、
いつまでも別れることができないから。
「別れ際に」
秋みたいな人だった。
急に目の前に現れて
涼しい風を纏いながら
私を暖かな色で包んで
そして
あっという間に去っていった。
恋に落ちた。
待ち続けた。
それでも
木々が色づいても
葉を落としても
きっともう
貴方は現れない。
「秋恋」