何も考えずに旅に出た。
昔どこかで読んだ鳥居が108並ぶ東北L県の神社を目指す。その108の鳥居をくぐると澄み渡った空に出るという。そんな話が伝わっている。映えスポットらしいが、あまりにも地味で知る人は少ないという。
電車とバスを乗り継ぎ、物憂げな空の下に神社はあった。裏手の目立たないところに立て札があり、そこから進むと最初の鳥居がある。鳥居はまばらに2〜4メートルくらいの間隔で続き、登り降りがあるので20分は歩いた。数えながら進むが今数えた鳥居がくぐった鳥居か、これからくぐる鳥居かわからなくなった。空気も変わってきたようで、湿気を帯びている。そして最後とおぼしき鳥居は少し離れた高台にあり、そこに登ると目の前は絶景の海。眼下の岩に波飛沫があたり見上げるとどこまでも続く海原。
物憂げな気持ちは確かに消えていた。
何か自分の中にわだかまっていた諸々の緊張がほどけた気がした。
引き返す時に再び鳥居をくぐるが、この気持ちが消えないようにゆっくり歩いてみよう。
死神が現れると死期が訪れると思いがちですが、実はそうではなく、死んだから死神が現れるのですよ。行き場を失った魂や、死にきれない命を回収しているのです。それは死神の仕事なんです。そんな死神にも序列がありまして、最初は単純な魂、命しか扱わせてもらえません。有名な死神のイメージである大鎌など持たせてもらえず、目の細かい網みたいなものです。それをひょいと広げて動き回り、小さな魂、小さな命を集めるのです。微生物から昆虫あたりですね。地引き網のようにごっそりと集めて回収します。それをどこへ持っていくかは現世の人々に話してもわからないでしょう。いずれわかりますよ。
“I love you”って言われたいし、
“I know”って応えたい。
いつまでも。
「太陽のような太陽」って成り立たないよね?
太陽なのに太陽じゃないという矛盾がある。でも、これを成立させる方法がひとつだけある。わかるかい? この言葉を50億年かけて言うんだ。二度目の「太陽」にたどり着く頃には、太陽は赤色巨星になっている。
「数はね、ゼロから数えるものよ」
『なんだよ突然、インド人かよ』
「いやゼロの発明の件は置いておいて。0から始まり9でひとまとまり。10からは次の段階へステップアップってことなの。1〜10って、最後だけ“10”で急に桁が増えるでしょ? 落ち着かないのよ」
『そう言われてみれば、そうかな!?』
「2進法は0と1でしょ? 10進法は0〜9なのよ、わかる?」
『いや、そうかもしれないけど、おまえ、そんな情報処理野郎だったっけ?』
「なによ、その情報処理野郎って?」
『それはテキトーに言ったんだけどさ。ちなみに、ここにクッキーが10枚あるんだけど、すごく半端なので1枚無かったことにして俺食べちゃうわ。0から始めるとこうなっちゃうぜ!』
「飛躍してない?」
『しかも、この9枚もふたりには割り切れない奇数なので、俺がもう一枚食べちゃうわ』
「それは私が食べてもいいんじゃない?」
『これでやっと自然科学的に安定した状態になる。これをふたりで分けよう。はい4枚どーぞ』
「だって10枚あったんだから、5枚ちょうだいよ」
『さっき、ゼロから数えるって言ったよな? いわばこれは0からの世界の答えなんだよ……』