六畳半の理想郷。
愛しいあなたの首を添えて。
#理想郷
妻を殺そうと毎晩計画を練っていたあの日々も、
今では懐かしく思える。
#懐かしく思うこと
彼らはある日突然やって来た。
浮遊する巨大な飛行物体から出てきた彼らは、ひょろ長い四肢と硬そうな肌を持っていて、頭部と思われる半透明の球体状の部分を忙しなく左右に動かして、眼下で呆然とする私達を観察しているようだった。
侵略は四日後から始まった。
交渉は決裂したらしい、とシェルターで出会った老人が教えてくれた。
彼らは凄まじい轟音を上げながら、閃光のような炎で私達の体を貫き、家を焼いた。
攻撃は僅か二日で終わった。
この星はたった一週間で、新たな支配者の手に落ちた。
※ ※ ※ ※ ※
30××年、環境破壊や海面上昇により資源と土地が枯渇し、地球滅亡の危機に見舞われた人類は、新たな故郷を求めて宇宙へ飛び出した。
長年の研究と探索によって、次の移住地の目星はついていた。
ニュー・アースと名付けられたその星は、これまで発見された中で最も地球と気候や環境が似ており、また知的生命体の存在も確認されていて、地球人ほどではないがある程度の文明が構築されていることが判明していた。
十年間で何度か交信を試みたが、返答を待つ前に地球の寿命が来てしまった。
人々は不安と希望と共に、故郷を離れて新天地を目指した。
宇宙船は、ゆっくりと新しい家へ近づいていく。
#もう一つの物語
煌々と燃え上がる焚き火が、夜の森の中で私の輪郭を浮かび上がらせる。
空になりかけのビール缶を傾けると、今夜何度も見上げた満点の星空が目の前に広がる。
この時期はキャンプをするには少し肌寒いが、私は秋空になりたてのこの澄んだ空気が堪らなく好きなのだ。
冷えた風が鼻先を横切る。
焚き火で炙ったベーコンを口に押し込んで、椅子に深く座り直した。
視線の先には鬱蒼と生い茂る木々と、幅の狭い獣道が続いている。目を凝らしても先は見えない。
すると突然、暗がりの中から、誰かがこちらへ走ってくる靴音がした。
#暗がりの中で
二十日ぶりに見た彼の顔は、酷くやつれていた。
伸びてきた手をはらって、荷物を取りに来ただけだからと言い、リビングのドアを開けた。
途端に部屋中に香る、ダージリンの匂い。
漂う湯気に誘われるようにして部屋に入り、テーブルの上のティーポットとソファーに纏められた荷物に視線をやった。
「纏めてくれたんだ」
「共同で使ってた物も入れちゃった。いらなかったら捨てて」
寂しそうに微笑む彼は、椅子を引いて私に座るよう促した。
「最後だし、飲んでいきなよ」
私は頷いて、彼がティーポットをカップに傾けるのを見ていた。飴色の湯が、耳触りの良い水音を立てながら器に収まっていく。
カップを口元に近づけると、香り高い湯気が鼻先を湿らせた。一口飲む。懐かしさが溢れてくる。
彼の入れる紅茶が好きだった。
雨で冷えた体を温め、悲しみから救ってくれる彼と、彼の紅茶が好きだった。
「やっぱり、やり直す気はない?」
絞り出すように投げかけられた台詞に、困った顔をしてみせると、彼は「ごめん」と言って笑った。
また一口飲んだ。気持ち安らぎ、脳が微睡む。
甘さのある香ばしい香りが、頭の中までふわふわと漂ってくる。
彼の笑顔が零れたインクみたいに滲んでいった。
意識が、薄れていく。
#紅茶の香り