大足ゆま子

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二十日ぶりに見た彼の顔は、酷くやつれていた。
伸びてきた手をはらって、荷物を取りに来ただけだからと言い、リビングのドアを開けた。
途端に部屋中に香る、ダージリンの匂い。
漂う湯気に誘われるようにして部屋に入り、テーブルの上のティーポットとソファーに纏められた荷物に視線をやった。

「纏めてくれたんだ」
「共同で使ってた物も入れちゃった。いらなかったら捨てて」
寂しそうに微笑む彼は、椅子を引いて私に座るよう促した。

「最後だし、飲んでいきなよ」

私は頷いて、彼がティーポットをカップに傾けるのを見ていた。飴色の湯が、耳触りの良い水音を立てながら器に収まっていく。
カップを口元に近づけると、香り高い湯気が鼻先を湿らせた。一口飲む。懐かしさが溢れてくる。
彼の入れる紅茶が好きだった。
雨で冷えた体を温め、悲しみから救ってくれる彼と、彼の紅茶が好きだった。

「やっぱり、やり直す気はない?」
絞り出すように投げかけられた台詞に、困った顔をしてみせると、彼は「ごめん」と言って笑った。

また一口飲んだ。気持ち安らぎ、脳が微睡む。
甘さのある香ばしい香りが、頭の中までふわふわと漂ってくる。
彼の笑顔が零れたインクみたいに滲んでいった。

意識が、薄れていく。




#紅茶の香り

10/28/2022, 4:11:09 AM