夢中で読んできた物語のシリーズ最終巻。
手に持つ本の、左手側が薄くなってゆく。残りのページは僅かだ。
もう何年越しだろう。本の中の登場人物たちと沢山の場所へ行った。多くの出会いと冒険に胸をときめかせ、一緒に笑い、驚き、怒り、泣いた。
その壮大な旅もあと少しで終わってしまう。ページをめくる手が鈍る。
ああ、この本がいつまでも終わらない物語なら良いのに、と切実に願う。
それでも読まない選択肢はないのだ。
彼らの行く末を見届けるために。
最後のページをめくり、本を閉じる。
終わらないでほしかった物語が、今終わった。
しばし呆けたように余韻にひたる。
この満足感と名残惜しさを求めて、私達は今日もまた本の海へと潜ってゆく。
やさしい嘘をつこう
いつか戦争はなくなり
すべての子どもは貧しさや飢えに苦しむことなく
美味しいご飯を食べれるようになる
男女で争うこともなく
人種で差別することもされることもなく
尊重された個々が自由に羽ばたける
多様な文化が発展し
それぞれを敬い鼓舞し合う
山は碧く木々がざわめき
海は青くゴミが浮かぶことはない
空は蒼くどこまでも澄んだ空気が広がってゆく
そんな世界がきっと来る
そんな世界が絶対に来る
やさしい嘘をつこう
瞳をとじても見えるものがある。
暗い中にカラフルな光が弾けては飛んで、集まっては離散して。
チカチカ、キラキラ、ビュンビュン。
残像のような模様のようなそれは、何かを表しているわけでもなく、規則性もなく、まるで宇宙の中で遊ぶ光のようだ。
脳が気まぐれに作った幻像か、はたまた網膜に残った視界の欠片か。
子どもの頃は本当に頻繁に見ていた気がする。
いつからあまり見なくなったのだろう。
何しろ私達大人は忙しくていつでも疲れていて、まぶた裏のスクリーンに映される映像には中々集中出来ないのだ。
今夜は久しぶりにあの光を追ってみようか。
チカチカ、キラキラ、ビュンビュン
不思議な光の追いかけっこを。
「姫よ、これはあなたへの贈り物です」
石作皇子はかぐや姫にリファのシャワーヘッドを
車持皇子はシャネルの新色アイシャドウを
右大臣阿倍御主人はディズニー40周年記念のダッフィーを
大納言大伴御行はSnowManのドームチケットを
中納言石上麻呂足は最新のiPhoneを持って、かぐや姫のもとへ馳せ参じました。
するとかぐや姫はとても悲しそうな顔をして
「受け取ることは出来ません。何故ならそれらは全て転売サイトで購入された物だからです」
と言いました。
五人の貴公子は転売品ではないことを証明出来ずにすごすごと帰っていきました。
次の日かぐや姫のもとへ帝がやって来て言いました。
「姫よ、これこそがあなたへの贈り物です。転売品ではありません」
そうして得意げに見せたのは、流行の形のオシャレなバッグです。
しかしそれはとあるブランドのデザインを模倣した偽物でした。
かぐや姫は再び悲しそうに顔を覆い、それを断りました。
そして部屋にこもり、月を眺めては泣くようになりました。
実はかぐや姫は月の住人で、とある罪を犯したせいで地球に送られてきたのです。
その罪とは転売と模倣品の販売でした。
ある日、男はひょんなことから羅針盤という道具を手に入れた。
丸い板に複雑な星のような模様、針が取り付けられた造形は機能的でありながら美しく、優美ですらある。
何よりこれさえあれば、どうやらどこへでも行けるらしい。
尖った針は確かに一定の方角を指し示してくれる。
そう、これを使えば十年前に別れた友に会いに行けるのだ。
友は江戸という大層大きな町へ奉公へ出されたと聞いた。藩辺境の村で農作業に明け暮れる男にとっては天竺と同じくらい遠く、とんと見当も付かない場所だった。
会ったところで何をするのかも決めていない。ただ、この道具を使って友のもとへ行く。それを決めたこと事態が男を高揚させた。
そうして男は村を立った。
──2日後、江戸とは全く逆方向の山村で羅針盤を手に
「ここはどこだ!」
と叫ぶ男の姿があった。
男は方向音痴であった。
どんな優れた道具があろうとも、それを使いこなすだけの感覚と知識がないと便利にはならないものである。
ナビを使っても筆者が迷子になるように。