「たとえ間違いだったとしても」
夜中の学校は高校生活の醍醐味だ。
中学時代ならば暗くなる前にはすでにみんな学校を出ていて、わたしにはその雰囲気は残る教職員の影が職員室の蛍光灯に照らされ動いているんだろうか、といまいちはっきりしないものだった。
高一の五月、高校生にはなったものの、そこはわたしにとって本当にいきたかったところではなく、俯いた感情が心にまだ残っていた時期。そのときは部活帰りだった。程よく親睦が深まった同級生たちのなかで、わたしは言った。
「夜にこうして校舎のあたりをみんなで歩いているだけでもなんだか新鮮だわ」
友人たちは途端にセンチになったわたしに一瞬目を丸くしたあとに
「あ、確かに、考えもしなかったけど、そうだ。中学時代より忙しくなるね」
と表情をほぐす。
「こういう景色は新鮮で癒されるわ、部活後やしね!!」
「高三とか普通に大人だよね、ついてくのキツい」
中学時代は中学生と一緒に部活をしていたと思うと、高校生の部活は本戦に入ったような緊張感がある。
「てかさ、流されかけたけど景色そんな綺麗じゃないくね笑」
俯瞰してみれば、その通りかも。月の形も中途半端で、流れる川は少し汚れている。校舎のはげかけた色が夜闇に浮いて見えて正直不格好だ。でも、よかった。不格好でもさまになることだってある。不安だった高校生活に、安堵の灯がともる。
悩んだ末に出た答えでも、間違いか正解かは全くわからない。でも、それに気づくころにはまた別のことに夢中になっている予感がしていた。
「雫」
雫のなか二人歩いて登校中。
片思いの私、折りたたみ傘もってきてないふりをした。
しとしと
しとしと
ああ、赤らんでしまって、でもフレッシュを装うの。
声をださなきゃ雫の音にかき消されちゃう。
どきどき
どきどき
「ね、傘いれてよ」ああ、言ってしまった!
みんな噂しちゃって。同じ傘の中二人でいてるよ。
しとしと
しとしと
「雨の日は髪がうねっていやだよねえ?」
「ほんとね、せっかくのばしたのに笑」
どきどき
どきどき
ううん、ほんとは感謝してる。
雨のおかげ。雨のおかげだ。
「もしも未来を見れるなら」
どうせならずっと先の未来を見たい。ずっとずっと先の、空想の上の上。大気圏を越えたそこは真理の宇宙。何ができるかな。ちっぽけな私にはなにもできないよ。
でも少し先の未来ならどうかな。何もしなければ落ちぶれるし、何かしたら辿りつく先がここから既に読める。
だから勉強する?今日を努力する?
それもわかってる。わかってる。痛いくらいわかってるけど、どれくらいの人がちゃんと未来を見れるのかな。
ああ私って逃げてばっかだ。だからちっぽけなのにな。机上の空論、ですら机に向かって初めてわかるんだよ。
極限だとか無限級数だとか、わからなくても向きあわなくては。
「無色の世界」
水泳は無色の中の孤独をもがくスポーツだ。
飛び込む先は静寂に包まれ、応援の声も届かない。
それでも、みんな声援を諦めない。
だから応える。聞こえないけど、信じる。たゆたうあたしじゃ、自分に勝てない。
死ぬ気で完泳。
顔を上げたその瞬間、世界のこんなにも賑やかなのを全身に受ける。
視界が色彩に染まる。
あたしそれが好きだ。孤独な種目だからこその繋がり。
透明なキャンパスだから綺麗に色がうつる。
「桜散る」
春になった。
桜の木々は、桃色の絨毯を広げた。
散りばめられた花びらの一枚一枚が私の記憶に思えた。
たくさんの回想の欠片が道を抽象で覆い、コンクリートを私の視界から遠ざけてくれた。
でも、歩く私は知っている。
この桜並木は途切れる。アーチをくぐればすぐに具体の上を歩く日がくる。
思春期の無限の可能性や、全能感に満たされているこの淡いレッドカーペットは、決して私をカンヌへ連れていってはくれない。
進路は枝分かれしていて、どれか選ばないといけない。
それなのに、どの枝も茨だらけで、躊躇する。
選ばない枝は剪定しないといけない。
それが怖い。選べない。間引けない。
まだ蕾のままいたい。どんな花を咲かせるか、空想しているままいたい。
でも、選ばねば枯れる。みんなは選んだ。
17歳の私。思い出に縋る私。
選びきれず、花びらの束の上に立ち尽くしていた青臭い葉桜の私だ。