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7/17/2024, 1:05:50 PM

遠い日の記憶


うちの母は保育関係の仕事をしていた。
その仕事がどんなものかは当時の私は知らなくて、でもいろんな子どもがそこにいることだけはなぜか知っていた。
だから私は悲しかった。
私のそばにはいてくれないのに、他のコのそばにはいるんだ。
私といっぱい遊んでくれないのに、他のコとは遊ぶんだ。
他のコはお母さんが保育所まで迎えにきてくれるのに、私はおばあちゃんしか迎えに来ない。
母は夜勤もある保育関係の仕事だったからたまに夜いないこともあった。
そんなときは悲しくて泣いてしまっていた。

お母さんは私が嫌いなんだ。

そう思うこともあった。
でも今あらためてふりかえれば母は全然私を嫌ってもいないし、むしろちゃんと休みの日は私のお母さんをしていた。
私も成長して、それがどんな仕事で、どんなに大変な仕事なのか分かるようになって、今となっては仕事と家庭を両立していた母にたいして尊敬しかない。
でもそれは「大人」の私の話だ。

私の中の奥底にはまだ、「子ども」の私がふて腐れているようだ。
もう30年以上も前の話なのに、未だに当時の気持ちを鮮明に思い出せてしまう。


お母さんは私より他のコの方が大事なんだ!!

7/15/2024, 1:54:30 PM

終わりにしよう



ああもう、なにもかもいやになった。

私はコントローラーを放り投げた。
「ちょっとゲームがうまく行かなかったぐらいで大げさすぎない?」
テレビ画面を指差しながら、呆れたように君が言った。
そこには画面の真ん中に大きく映されたGameOverの文字と、その下に座り込んで目を回すゲームの主人公の姿があった。
その姿にさえイラついて、私は指差す君の指を反射的につかもうとした。
……それは簡単に避けられたが。
「なんで避けるの」
「指を反対方向に折られそうな気がして」
こんなときだけ勘の良い男だ。
私は舌打ちをした。
「……なに、今日特別機嫌悪いじゃん」
君はただでさえ細い目をさらに細めて、怪訝そうな目で私を見る。
確かにいつもならこんなことでコントローラーを投げ出したりしない。
私は負けず嫌いだから、ちょっとぐらい悪態はつくがすぐにリトライし、クリアまで粘る。
でも今日はそんな気にならない。
「どれ、おにいさんが話をきいてあげよう」
「3ヶ月しか誕生日違わないでしょ」
「でも俺らたった二人の同期なんだし、なにかあれば助け合わないと」
そういって君は笑った。
ただでさえ細い目をさらに細めたうえで口角まであげると君は本当にうさんくさい顔になる。
なにか企んでいるような表情にしか見えないので職場でもたまに怯えられている。
本人はそれによく落ち込んでいて、その場面に遭遇する度に私たちの課長が君をなぐさめていて……
「……結婚するんだって」
「ん?」
「課長」
「……あー…」
納得したように君は私から少し視線をずらす。
「さすがにもう、諦めないとダメでしょ」

私は、その課長が好きだった。
彼女がいることも知ってたし、課長が彼女のことを好きでたまらないことも知っていた。
世間話で彼女の話をする課長はとても幸せそうで。
分かっていたけど、想うことを止められなかった。

目の前がじわりと滲む。
すぐにそれは雫となって私の頬を濡らす。
「ごめ、すぐ泣き止むから」
ぐしぐしと手の甲で拭うが、それは次から次へと落ちていく。
「いいよ、涙と一緒に流してしまえ」
そう言って君は私の両腕をとり、手の甲で涙を拭えないようにした。


さよなら、さよなら、私の片思い。

7/14/2024, 9:40:51 PM

手を取り合って

「たまには一緒に散歩でも行かないか」
「え、君がそんなこというなんて明日豪雨になるかも?」
「ひどくない??」
休日はほぼ外に出ない君からの誘い。
ひどいと言いつつ、君は口角を少しあげた。
部屋の窓に目を向ければ外はちょっとくもっていて、ほんのり薄暗い。
でもまあ、庭にある木の葉がほぼ平行になりながらもゆらゆらしているようだから風はほどよくあるようだ。
昨日までは三日ほど暑い日が続いていて、外に出ることに躊躇っていたけど今日は大丈夫そうだ。
私が「まあ、いいですよ」と返事をすると君は嬉しそうな笑う。
「じゃあ早速行こう!!」
そういって君は私の手をとった。