「なーごめんて」
繰り返す彼の言葉にイライラが増す
「謝ってんのに?」
違うの謝ってほしいんじゃない反省して欲しいんだ
「そのごめんは私が怒ってることに。だよね?」
「当たり前じゃんか?」
「あのね?ごめんで済んだら警察はいらないのよ
ちゃんと謝んなさい!」
しばらくの沈黙の後
「で?」
「うん
……えっと、酔って玄関の鍵閉めずに寝てましたごめんなさい」
「それから?」
「君が読みかけの雑誌を古紙回収に出してしまってごめん」
「うん」
「一番くじで頑張って当ててたアイマスのマグカップ、落としてとって取れちゃったからアロンでくっつけて知らんぷりしてごめんね」
「……うん?」
「ん?」
「それ、知らないんだけど?」
「ま……じで?……」
「…………」
「あの……ごめんね」
「…………」
「…………」
再び沈黙のあとため息混じりに落とし所を提案する
「アンジェリーナのモンブラン」
「デミサイズ?」
「いや、ホールで」
「……はい」
はぁ、今回はこれで許してやるか……
6月になった
制服が夏服になる
僕の気になるあの子は
制服の上からジャージを羽織っていた
次の日
カーディガンを羽織っていた
ある日曜日、本屋で見かけた彼女は
左腕だけアームカバーをしていた
いろいろな憶測がとんだ
リスカの跡があるらしい
刺青が消えないらしい
異世界召喚の聖紋があるらしい
はたまた人面疽……
無口な彼女からは本当のことをまだ聞けていない
(仕事前に書くのやもようよ、私、最後思いつかないやん)
半袖
ぼんやりと靄のかかった空間に
人のような影が並んでいる
人気店の行列だっけ……?
そんな景色同様ぼんやりと
何も考えずに並んでいた
自分の番になってみると
先頭にはやはり
ファミレスにあるようなウェイティングボードがあり
タッチパネルで行き先を指定するようになっていた
とはいえ普通なら禁煙席/喫煙席
大人〇人
カウンター/テーブル席
などタッチするところ
そういう選択はなく
シンプルに
天国/地獄
となっていた
審判の門も随分電子化が進んだものだ
……て
ん?
選べるの?
天国と地獄ってそういうもんだっけ?
恐る恐る天国を押してみると普通に選ぶことが出来た
但し289213番という順番待ちと共に
係の人がおずおずと言う
「あのー、地獄ならすぐ行けるんですけど
だめですか?」
いや、そんな
カウンターか相席でもいいですかーなテンションできく話題か?
話を聞くと、どうやら、人を殺したりしない限り選べるらしい
時代も平和になって
そうそう人殺しもなく、あっても情状酌量などの制度もあって天国が満員なのだとか
その地獄も、現世で聞くような
釜茹でや針の山はなく、
むしろ現代の人間界に近いらしい
「現世の地獄教育が酷いのか誰も選んでくれなくて」
いや、あなたのプレゼンも相当悪い
ならば、と
待ち時間の間手伝うことにした
こう見えて、現世では営業マンだったのだ
まさかの、死後再就職である
天国と地獄
私は都内の会社に就職がきまり、彼は地元で専門学校に行くことにした。
遠距離恋愛なんてする柄じゃない。
燃えるような恋愛じゃなかった。
サークルでなんとなく、お互い虫除けのような関係で付き合ってた。
それが解消し、友人に戻る
建設的な別れだ。
都会へ立つ前に彼は
「君の成功を月に願っておくよ」と言った
月は不実なもの、満ち欠けを繰り返す移り気な心とジュリエットは言ったんじゃなかった?
普通は星に願うんじゃない?
と、思わず可愛くない答えをしてしまった
彼は苦笑しながら
「さすが
こんな暇つぶしみたいな演劇サークルで硬派にシェイクスピア研究をしてただけあるね」
愛を誓うわけじゃないからね。
あまり星も見えない都会に行く君に、同じ月を眺めて元気を祈ろうかと。
そう言われてなるほど、と納得しつつ
どこか自分が悲劇のヒロインよろしく
別れに酔っていたのだと気づいた
§月に願いを
雨の音が好き
ざぁざぁ降っているのも
しとしと降っているのも
ぽつぽつ降るのも
バケツをひっくり返したようなのも
窓際に座り
ミルクティーとカルメ焼きを片手に
雨の音を聞くのが好き
静寂では無いはずなのに
雨の音以外何も聞こえない
静寂
でも降り止まない雨はない
やがて降っていた雨は
湿った風と共に
本当の静寂を連れてくる
雨上がりの蝉の声を耳にして
季節が梅雨から夏になったなと
肌で感じた