今日も僕は透明になる
そういう仕事だ
「車内の人お願いしまーす」
遠くの方で集合の声がかかる
今日は電車内のセットで、ガタゴトという効果音にあわせて頭をかすかに揺らすお仕事
エキストラ
最近はテレビ局の無料会員のような
ドラマに出られる!を売りにする募集もあり、素人さんもあるけど、
僕は一応仕出し事務所にいるプロだ
セリフも動きも無いのにプロも素人もないって?
そんなことはない
これでも結構大変なのだ
まずギャラがある以上、待ち時間がどれだけあっても僕達は文句一つ言わない
衣装も自前が多い
ま、時代劇は流石に自前じゃないけどね
日によってはスタンドイン(カメラテスト用替え玉)だって引き受ける
そして、一番重要なのが
透明になること
そう、僕らは風景なのだ
動かなければいいのでは無い、ちゃんと動いて生きてて、それでいて自然に溶け込んだ風景
スポットライトはメインの役者
引き立て役は脇を固める役者
そして僕らは輪郭すらもたない透明な役者
スポットライトに照らされることを夢見たこともあった
でも、僕には輝かしいスターの素質はなかった
顔は、特筆すべきほど美男子でも
忘れられないほどブサイクでもなかった
匂い立つような色気もなければ
目を引くような華のある演技力もなかった
だからその全てから否定された道を選んだ
目立ってはいけない
意味を持たせてはいけない
その場その時の空気に合わせて許される範囲でアドリブをする
誰になんと言われようど
立派な役者なのだ
§透明
あなたの理想のお相手をお探しします|
まずはプロフィールをご記入ください|
画面を前にしてため息をついた
こんなもの、どうせ女性登録者はサクラばかりに決まってる
マッチングした所で、結局つきあうまで行かないだろう
そもそも40にもなって交際相手をアプリに頼ってる奴など誰か相手にするものか。
待ち合わせ場所で来ない相手を待ち続ける未来しか見えない
こうなったらいっそ盛りに盛ったプロフィールでも書いてやろうか
身長| 体重|年齢|
は会った瞬間にばれるもんな別に標準だろうしそのまま書くか
年収|は少し盛っても将来性ってことになるかな
次の質問はーーーーっと
理想のあなたはどんな人ですか?|
変な質問だ、嘘を書けということか?
いや、理想なのだからこれから実現可能な未来の自分ということか
そこでふと最初のPRを思い出した
「理想のお相手をお探しします」
相手も同じように理想の自分を書いているならお互いプラス5くらいのプロフィールで、相手に合わせるように成長するのか
面白い
自分の延長線と相手の延長線が交わるマッチングってわけだ
俺は極めて現実的な理想の人となりを書き込んだ
その後、同じように現実的な理想の自分を書いた彼女と交際することになるのだが
それはまた別の話で
お互い、理想の自分にはまだ少し足りない
ここが最後の部屋か
勇者がそう言って扉に手をかける
そこでふと
「おい、魔法使いはどうした?」
1人足りないことに気づいた
戦士の僕、勇者、僧侶
王道のパーティのはずが攻撃の要が居ない
ーーそこで僕はコントローラーを置いた
「またか……」
みんなの沈黙
そう、ソシャゲではあるあるかもしれない
寝坊?
体調不良?
急な仕事?
いや違う
「キャラデリされてる」
「そんなっ!なんで今!?
ここは組んで挑まなければ難易度が高すぎるからって今日のためにフォーメーションまで練習したのに!?」
インカムから流れてくる僧侶は涙声だった
泣きたいのは皆同じだ
この時のために装備や消費アイテムも揃えたんだ
それなのに引き返して改めてパーティを組まなくてはならない
「何か聞いてる?仕事で上手くいってないとか」
もしかしたら、何か僕たちは気を悪くさせる態度をとってしまったのかもしれない
「いや」
勇者は口を開いた
「人間関係リセット症候群だよ」
なにが気にいらないとかじゃない
衝動的にSNSなどをアンストしてしまう行動らしい
やっぱりか
恋愛沙汰があったとか
いじめがあったとかではない
それまでは普通だから
なんの兆候も得られず
突然の別れ
そして、ソーシャルネットワークでは
アカウント削除という行為で
彼女が自分で戻ろうと思わない限り
二度と会えない
そんな別れ
人との関係ってそんなにスッパリ切れるものなのだろうか
先細って連絡しなくなっていずれ会わなくなって、、、
そういうものじゃないのか?
簡単に切り捨てられる存在
少なからず捨てられた側には少しの澱がたまる
数日後、自身で戻ろうと思ったのだろう
普通にまたそのキャラクターで彼女は復活していた
明るく笑いかける彼女に
何事も無かったように話しているが
僕はまだ
このシステムに慣れることは出来ていない
曲がり角は注意してまがる
転校はしない
成績は中の上
体育祭では目立たない
クラスで友人は少なくないが中心人物ではない
常に目立たず
浮かず
輝かず
ゲームで言うならいわゆるモブオブモブ
略してMOB(同じだ)
そんな僕に恋物語は始まらない
そう思っていた
ーー彼女に会うまでは
……と書けばいかにも何か始まりそうだが
残念ながら別に物語が始める訳ではない
そうモブオブモブなのだから
でも僕は気がついた
そうか、片想いでも
「恋物語」は始まるのか
真夜中に家電がなった
時計を見るとAM2時30分である
普通に考えると不穏な知らせ以外に考えられない
眠い目をこすりながら
慌てて受話器を手に取った
耳に飛び込んできた第一声
「あんた誰よ」
かけてきたのはそちらでは?
まさしく、もしもし?である
「カズヒコ、そにいるんでしょ」
言葉にはださなかったが頭は???でいっぱいである。
誰ですか?カズヒコさん。
「いいから出しなさいよ」
色々聞き間違いも含めて、考えが寝ている脳みそを一周し、絞り出した答えは
「私はカズヒコではありません」
思わず英語の教科書に載っている和訳のような返事をしてしまった
「分かってるわよ、とぼけてないでカズヒコを出しなさいよ」
「カズヒコという人はいません」
思わず人でないカズヒコはいるような言い方をしてしまったか……と後悔したが特に突っ込まれなかった
相手にも余裕が無いようだ
しかし、随分な話である
そもそもはかけまちがいをしてきたそちらに非があるにもかかわらず真夜中にここまで初対面の相手をなじれるとは
一度冷静になって自分を省みて欲しい
そこまで考えると寝ぼけた頭にも少し怒りがわいてきた
温厚な質なので極めて冷静に
「とりあえず、おかけまちがいです」
とだけ言って
電話を切ってやった
しばらく待ってみたが、もう一度かかってくることはなかった。
恐らく、正しいカズヒコにさっきの女は誰かと更に怒りを倍増させてかけている事だろう
少しカズヒコに申し訳ない気持ちもあったが、こちらも被害者なので気にせず眠ることにした
実話である