「放課後」
夕日に照らされながら、あなたを待つ
「まだ居たのか」
火曜日の放課後、先生は決まってこの時間に見回りに来る
「あ、せんせ」
私は先生が好き
「もう閉めるから、早く帰れよー」
待って、まだ行かないで
「…せんせ、猫っていらない?」
「猫?なんだ、拾ったのか?」
「んー」
「今は飼えないからなぁー、でも昔飼ってたぞ」
「そっかぁ」
「里親を探してるのか?」
「…うん、もっと良いお家がいいみたい」
「?なんだ、飼い猫に嫌われてるのか?」
「ううん、違うよ」
私は先生に笑いかける
先生がよく分からないという表情をする
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がって
先生の目の前に立つ
「ねぇせんせ、気づいてるんでしょ?」
「…なにを?」
「はぐらかさないでよ」
先生は私の目を真っ直ぐに見ている
感情が読めない。少しだけ恐怖心を抱いた
「帰りたくない」
私は先生のシャツの裾を掴んだ
その手が小刻みに震える
「私を拾って?」
火曜日の放課後
俺は戸締り確認の当番に割り振られている。
学校の端から順に回っていって、いつも通り意図的にこの教室を最後にする。2年2組。今年度、俺が副担になった教室だ。
教室に入ると、やはり居た。
窓際の席、前から2列目。夕日の中で、スマホを構う女子生徒。色素の薄い長い髪が床に向かってさらりと垂れ下がっている。なんだかその場所だけが絵画のように、とても神秘的に見えた。
だが次の瞬間、辺りの光が消え現実が戻ってくる。夕日が雲に隠れたようだった。その絵画は途端にグロテスクなものへと変わる。
彼女の両腕両脚に青く残る痣。彼女の家は普通ではなかった。そんな彼女を見て、今まで何度も校長に掛け合ったのに、相手にされなかった。なぜ学校は対応してくれないのか、今日も手を差し伸べられない自分を憎く思う。
彼女は猫の話を始めた。里親を探しているのかと尋ねると、否定とも肯定ともとれない歯切れの悪い返事が返ってきた。
彼女が目の前に立つ。
「せんせ、気づいてるんでしょ?」
この時点でもう、これから彼女が言うことの察しはついていた。
「私を拾って?」
シャツを掴む手に力が籠ったのがわかる。
彼女が俺に好意を抱いていることは分かっていた。それが、純粋な好意ではなく、救ってくれるかもしれないという期待を孕んだものだということも。
俺は、捨て猫のように震える彼女の手を掴んだ。
俺は彼女の目をまっすぐ見て言った。
「わかった」
彼女の手を引き、2人で学校を飛び出した。彼女を助手席に乗せる。もう何もかもを捨てる覚悟だ。俺が君を幸せにするから。助手席の彼女に手を伸ばし、口付けをする。彼女の頬が赤く染まったのがわかる。
これは2人の逃避行の話。
「カーテン」
あなたと過ごした部屋
カーテンの隙間から朝日が射す
起きたらいつも抱きしめてくれたあなた
温もりがなくて1人を実感する
今日はゴミの日
あなたとのたくさんの思い出をビニール袋につめて
固く結ぶ
もう溢れ出てくることがないように
今日は家具を買いに行こう
「涙の理由」
2024年10月11日午前8時30分
私の目からはふと涙がこぼれ落ちる。
中学2年生の春、あなたは私に告白した。声も手も見苦しいほどに震えていたけれど、私の目をしっかりと見て、心の底から愛していると伝えてくれた。涙脆かったあなたは私の返事を聞いた途端、泣き崩れていたね。そんなあなたに告白されたことが嬉しくて、私も少し泣いてしまった。
それからは毎日が幸せだった。あなたは優しくて、頼りがいがあって、でも少し不器用で、小心者で。そんなところが格好良かったし、可愛かった。中学3年生、高校受験に向けてお互い頑張ろうと言って始まった受験勉強。家に集まって、毎日向かい合って勉強をした。初めは良い関係を保てていたのに、受験が近づくほど私たちの仲は悪くなった。どちらが悪いなんて無い。お互いが緊張感を持ち、言うこと全てが頭にくる。そんな時期だった。
そんなある日、私たちは大喧嘩をした。きっかけは些細なものだったのに、お互いが日頃の不満を言い合って、歯止めが効かなくなった。本当は謝りたいのに、ダメだってわかっているのに。そんな状態で数日が過ぎた。もう家に集まることはやめて、口を聞くことも少なくなっていた。
その日は、1日中暴風と大雨で最悪な日だった。あなたは私に1週間ぶりに声をかけた。今までの喧嘩なんて嘘のように、悲しそうな顔をしていたけれど、私にはそんな彼に気づく余裕なんてなかった。何度も声をかけられて、振り払って、その日が終わった。
それからは本当に、彼とは疎遠になった。そうなってしまってから、私はやっと悲しいと思った。私たちはこのまま別れてしまうのだろうか、という不安が常に頭をよぎり、遠くから彼を目で追う日々が続いた。自分の幼稚さで彼に声をかけられないもどかしさに腹が立った。
2020年10月11日午前8時30分
朝の会。あなたのいない教室。担任から放たれる言葉に耳を疑う。
あなたは自殺した。
今日はあなたの死んだ日。私があなたを殺した日。
黒い服に身を包んで、花束を買って行こう。