「楽しみを待つ時間」
月曜日から金曜日までだいたい同じような日々を送っている。
たまに休みをとって出掛けたり、友人に会うこともある。
もちろん楽しみだしワクワクする。でも、スケジュールを調整したり準備したり、多少の煩わしさもなくはない。
「書く習慣」をはじめて、お題が追加される19時が楽しみになった。お題を見て何を書こうか考える時間が楽しい。いざ書こうとして思うように言葉が出ないことも、納得のいかない文章のまま投稿してしまうこともある。それでもちょっとした達成感を味わうことができる。
誰に評価されることもなく、携帯ひとつで完結する。そんな手軽さも日々の生活にあっている。
「書く習慣」を私の子どももやっている。その投稿を読むのももうひとつの楽しみだ。
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お題:ココロオドル
「渡り鳥の旅」
「今夜、何としても山を越えるぞ」
数時間におよぶ参謀会議の末、リーダーのタングは重々しく言葉を吐き出した。
これまでの長旅で仲間たちの疲労は積もりに積もっていた。
しかし、明日からは天候が崩れそうだ。今日を逃すと数日間
の待機を余儀なくさせる。冬の寒さがくる前に目的の地に辿り着くためには今日しかない。
伝達係のムファが仲間たちを集めて宣言した。
「今夜、山越えを実行する。それまでゆっくり休み体力を回復してくれ」
仲間たちにどよめきの声が湧き上がる。
今年産まれたばかりの3羽の兄弟たちが口々に話し出す。
「やった〜、早く行きたい!今日のためにいっぱい飛ぶ練習をしてきたんだ」
「一番高く飛べるのは僕だよ」
「あんなに高く飛べるかな。こわいよ。僕一人だけ置いていかれたらどうしよう」
興奮している2人の兄弟を後目に、産まれた時から体が小さい末っ子のミカキが泣き言を言う。
母親は3羽を集めて話して聞かせる。
「私たちのリーダーは優秀なの。リーダーの指示に従って群れから離れることがなければ大丈夫よ。絶対に群れから離れてはだめよ。さあ、出発まで休みましょう」
タングも仲間の輪に入り休もうとした。しかし、気分が高揚して目を閉じても眠ることができない。目の前にそびえ立つ猛々しい山々を見上げる。
言葉通り今夜が『山場』だ。みんなの体力を考えると短時間で一気に渡り切らなければならない。優秀な参謀たちと隊列も段取りも綿密に計画をたてた。「大丈夫だ」タングは自分に言い聞かせた。
日が沈みあたりが暗くなった。風もなく静かな夜だ。
まずタングが飛び立つ。それを合図に仲間たちが後に続く。
壁のような山々がどんどん近づいてくる。山越えがはじまった。
高度が増していく。突然横から強い風が吹く。風に煽られ体勢を崩すものがいる。「出来るだけ山肌に沿って飛ぶんだ!決して群れから離れるな!」
随分飛んできた。仲間たちの疲労もピークに達しているはずだ。だが、再び飛び立つには何倍もの体力が必要だ。飛び続けるしかない。「がんばれ!大丈夫、飛び続けるんだ!」声を張り上げ仲間たちを励ます。
目の前から壁がなくなり、真っ暗な空間が広がる。ついに山頂を越えた。必死で飛んできたミカキも周りを見渡す。星空の中にいるようだ。はじめての眺めに感嘆の声をあげる。今までに見たことのない景色だ。
タングは仲間たちの顔を見ながら言う。
「私たちほど高く飛べるものはいない。みんなよく頑張った。降りも気を引き締めて飛ぼう」
高さ8000メートル、時間にして8時間。
全員無事に山を越えることができた。
疲弊した体を休め、食事を摂る。
誰一人脱落することなく山を越えることができた。
なんとかリーダーの責務を果たせたとタングは安堵する。
これからまだ数千㎞の旅は続く。ただ今だけは何も考えず深い眠りにつきたい。
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お題:束の間の休息
インドガンは繁殖地のモンゴルやチベットから越冬地のインドへ渡りをします。その際、8000mのヒマラヤ山脈を越えて行きます。世界で最も高く飛ぶ鳥と言われています。
「力を込めて」
ふっと一呼吸して筆に墨をつける
筆先を整え真っ白な紙の上にゆっくりと筆をおろす
先は細く少し左下向きに短い線を書きしっかり止める
二画目は一画目の書き出しよりやや右上に同じくゆっくり筆をおろす
右下に向かい線を描き、最後ははねあげる
筆の最後の毛が紙から離れるまで気を抜かず、そのままの軌道で三画目の点をうち、四画目の点に繋げる
最後はしっかりとめて筆を持ち上げる
筆を置き一呼吸
自分の呼吸や動作を意識しながら
ひとつひとつ丁寧に動かしていく
文字に力を込めて、想いをのせて
「過ぎた日を想う」
『過ぎた日』とはいつのことだろう。
昨日だろうか。
昨日の延長に今日がある。昨日の言葉で憂鬱な今日もあるし、昨日の約束で舞い上がりそうな今日もある。
1ヶ月前、1年前、10年前。
すでに忘れてしまった記憶も、たまに想い出して心がちりりと痛む記憶も、思い出すだけで嬉しくなるような記憶もある。
私の祖父は第二次世界大戦の時、兵隊として中国に送られた。
記憶が曖昧になってから、よく戦時中の話をした。
「いつ襲われるかわからない中、毎日何キロも歩かされた」
「いつも空腹でまともに飲める水もなかった」
祖父がはっきりしていた頃には、戦争の話など全くしなかった。温厚で子煩悩な祖父は、孫にそんな話を聞かせたくなかったのだろう。
長年心の中にだけ留めておいたのだろう。だが、60年経っても脳裏に焼きついた記憶は色褪せる事がなかったのだろう。
60年。温かい家庭を築き、子どもにも孫にも恵まれて幸せだったと思う。
それでも、決して『過ぎた日』にならない記憶もある。
「星座」
夜空の星を見ながら、僕は父からたくさんの物語を語り聞いた。
ー 天の川の東側に、翼を広げた白鳥がいるだろう。
そして、西側にはこれまた翼を広げた鷲がいるのが見えるかい?あの白鳥は鷲から逃げているのだよ。
- なぜ白鳥は逃げているの?
- あの白鳥はいたずらが好きで天の川に住む者たちを困らせていたんだよ。
だから、天の川の王者である鷲が怒って天の川から追放したんだ。
星空を眺めながら、僕は息子に語って聞かせた。
- 白鳥と鷲の間に見えるのが竪琴だよ。
逃げた白鳥は竪琴をみつけた。竪琴を弾くと優しい音色が響いた。その音を聴いているとこれまでの行いが恥ずかしくなり、深く反省した。
- 白鳥は天の川に戻ったの?
- 白鳥はもとの住処には戻らず、竪琴を弾いていたんだ。
その竪琴の音はいつまでも天の川に響き続けて、みんなを癒しているんだ。
息子もその子どもに語り聞かせるのだろう。
父も僕も息子も名を残すことはない。
けれど、5000年の後も僕らの物語は語り継がれていく。