「過ぎた日を想う」
『過ぎた日』とはいつのことだろう。
昨日だろうか。
昨日の延長に今日がある。昨日の言葉で憂鬱な今日もあるし、昨日の約束で舞い上がりそうな今日もある。
1ヶ月前、1年前、10年前。
すでに忘れてしまった記憶も、たまに想い出して心がちりりと痛む記憶も、思い出すだけで嬉しくなるような記憶もある。
私の祖父は第二次世界大戦の時、兵隊として中国に送られた。
記憶が曖昧になってから、よく戦時中の話をした。
「いつ襲われるかわからない中、毎日何キロも歩かされた」
「いつも空腹でまともに飲める水もなかった」
祖父がはっきりしていた頃には、戦争の話など全くしなかった。温厚で子煩悩な祖父は、孫にそんな話を聞かせたくなかったのだろう。
長年心の中にだけ留めておいたのだろう。だが、60年経っても脳裏に焼きついた記憶は色褪せる事がなかったのだろう。
60年。温かい家庭を築き、子どもにも孫にも恵まれて幸せだったと思う。
それでも、決して『過ぎた日』にならない記憶もある。
10/6/2024, 9:11:13 PM