「力を込めて」
ふっと一呼吸して筆に墨をつける
筆先を整え真っ白な紙の上にゆっくりと筆をおろす
先は細く少し左下向きに短い線を書きしっかり止める
二画目は一画目の書き出しよりやや右上に同じくゆっくり筆をおろす
右下に向かい線を描き、最後ははねあげる
筆の最後の毛が紙から離れるまで気を抜かず、そのままの軌道で三画目の点をうち、四画目の点に繋げる
最後はしっかりとめて筆を持ち上げる
筆を置き一呼吸
自分の呼吸や動作を意識しながら
ひとつひとつ丁寧に動かしていく
文字に力を込めて、想いをのせて
「過ぎた日を想う」
『過ぎた日』とはいつのことだろう。
昨日だろうか。
昨日の延長に今日がある。昨日の言葉で憂鬱な今日もあるし、昨日の約束で舞い上がりそうな今日もある。
1ヶ月前、1年前、10年前。
すでに忘れてしまった記憶も、たまに想い出して心がちりりと痛む記憶も、思い出すだけで嬉しくなるような記憶もある。
私の祖父は第二次世界大戦の時、兵隊として中国に送られた。
記憶が曖昧になってから、よく戦時中の話をした。
「いつ襲われるかわからない中、毎日何キロも歩かされた」
「いつも空腹でまともに飲める水もなかった」
祖父がはっきりしていた頃には、戦争の話など全くしなかった。温厚で子煩悩な祖父は、孫にそんな話を聞かせたくなかったのだろう。
長年心の中にだけ留めておいたのだろう。だが、60年経っても脳裏に焼きついた記憶は色褪せる事がなかったのだろう。
60年。温かい家庭を築き、子どもにも孫にも恵まれて幸せだったと思う。
それでも、決して『過ぎた日』にならない記憶もある。
「星座」
夜空の星を見ながら、僕は父からたくさんの物語を語り聞いた。
ー 天の川の東側に、翼を広げた白鳥がいるだろう。
そして、西側にはこれまた翼を広げた鷲がいるのが見えるかい?あの白鳥は鷲から逃げているのだよ。
- なぜ白鳥は逃げているの?
- あの白鳥はいたずらが好きで天の川に住む者たちを困らせていたんだよ。
だから、天の川の王者である鷲が怒って天の川から追放したんだ。
星空を眺めながら、僕は息子に語って聞かせた。
- 白鳥と鷲の間に見えるのが竪琴だよ。
逃げた白鳥は竪琴をみつけた。竪琴を弾くと優しい音色が響いた。その音を聴いているとこれまでの行いが恥ずかしくなり、深く反省した。
- 白鳥は天の川に戻ったの?
- 白鳥はもとの住処には戻らず、竪琴を弾いていたんだ。
その竪琴の音はいつまでも天の川に響き続けて、みんなを癒しているんだ。
息子もその子どもに語り聞かせるのだろう。
父も僕も息子も名を残すことはない。
けれど、5000年の後も僕らの物語は語り継がれていく。
「踊りませんか?」
踊り子がひとり静かに舞台に舞い降りた
続いてひとり、またひとり
観客たちは固唾を飲んで行方を見守る
軽快なステップで
大小様々な輪を描き
踊り子たちは愉快そうに踊り続ける
ひとりが高く飛び跳ねる
つられるように他の踊り子たちも
ダイナミックに激しく躍る
激しい踊りが最高潮に達すると
しだいに落ち着き、静かな踊りに戻る
ひとり、またひとりと舞台を去る踊り子たち
やがて雲間から陽射しが差し込み
誰もいなくなった舞台を優しく照らす
「巡り会えたら」
賑やかな本屋が好きだ。
平積みにされた新着本。周りには色とりどりのポップ。
本棚に並んだ本たち。背表紙で自己主張をしている。
漫画は巻数の多いタイトルが幅をきかせている。
絵本たちは低い棚で子どもたちに寄り添っている。
どの子もそれぞれに魅力的だ。
たくさんの本の中から直感的に数冊選ぶ。
思った内容ではなかったものもあるけれど、
素敵な一冊に巡り会える可能性に満ちた大好きな場所。