「...はっ!やばい景色見てて何もしてない!」
我に返って辺りを見回す。
そう。俺はあの後、他の車両を見に行こうとしていた。
が、『楽園』での景色があまりにも綺麗だったせいで立ち上がることを忘れていた。
(やってしまった...)
頭を抱えて、ふと前の席を見ると、やはり二人は止まっていた。
(......まるでゼンマイが付いた人形だな)
なんて事を思う。
俺の隣の席の二人も動く気配が微塵もない。
(俺だけが取り残されたみたい...)
俺は居心地が良いはずだった席を立ち、通路へと出る。
前にも後ろにも車両があるが、先に後ろへ行こう。
俺は後ろの車両へ繋がる扉に手をかける。
『次は~.........~......~車両の方は___』
流れてくるアナウンスを聞きながら、俺は扉を開け、後ろへと進んだ。
「...え?」
まずは第一声。
「......どういうこと...?」
次に第二声。
(なんで)
そして思考。
「なんで、白いんだ...?」
そう。後ろの車両は壁も、椅子も、天井も真っ白だった。
唯一、窓の外は夕焼けだった事が救いだ。
「ねぇお姉ちゃん、なんでここってこんなに白いの?」
声のする方に歩み寄ると、そこには女性が二人座っていた。
「私達のここはちょっとだけ鮮やかだけど、なんで他は真っ白なの?」
セミロングヘアーの女性がロングヘアーの女性へと質問する。
「それは俺も知りたい。というかここはどこですか?」
俺は二人に話しかける。
「うーん、たぶんあの人はまだ考えてなかったんじゃないかな」
「考えてない?」
「そう。だからここは真っ白なんだよ」
「あれ?俺の質問は無s」
「ふーん、変なの」
「無視か」
俺は仕方なく二人の座っている向かいの席へと移る。
「でもいつか、ここも鮮やかになるはずだよ」
ロングヘアーの女性がそう言って穏やかに笑う。
六月が始まる。
そういえば、彼女達に目を向ける機会はあまり無かったな、と気づいた。
お題 「無垢」
綺麗な物が好き。
蝶や花、宝石に絵画、移ろいゆく景色。目に写るもの全てが綺麗だと思えた。
でも普通の人とは違って欠けている部分がある。
綺麗な物が好きだけど、その綺麗な物を壊すのはもっと好き。
気づいたのは子供の頃だった。綺麗だと思って摘んだ花を踏みつけたくなって、踏んでぐしゃぐしゃに潰した。
親にそれが見つかって、なんでそんなことするの?お花さん痛いでしょう?って言われたから
『なんで?リサはおはなじゃないから、いたくないよ』
って言ったら悲しそうな顔をされた。あぁ、これは普通ではないんだな、と子供ながらに悟った。
それからは隠れた衝動をどうにかして晴らそうと虫を育てて、観察して、色々な形で標本にして。心の中にある欠けた部分を補うように、どんどん小さくしていった。未だに衝動はあるけど落ち着いた方。
そして今、野原に虫を探しに行っていると目の前をモンシロチョウが羽ばたき始めた。
キラキラと日光を反射する白い羽が綺麗。
(...これを手の中に納めたら......)
モンシロチョウは気づかずに花に止まる。
そっと手を伸ばす。
あと少し。
もう少しで。
「やっ!!」
頭上で声がして、突然視界が真っ白になった。
「わ、えっ、え、え、え」
「あ、逃げた」
頭に被せられた物を剥ぐとモンシロチョウは居なくなっていた。
「何してるの雪(ゆき)くん!」
「ごめん、実験用の蝶捕まえようとして失敗した」
「も~そんなので捕まるの?」
「素手で蝶捕まえようとしてたリサこそ、実験用に使う気ないだろ」
「ちゃんと捕まえようとしてたよ~!」
そう怒ると雪くんは呆れたように他の方へ向かっていった。
「...あとちょっとだったのになー」
先程までモンシロチョウが止まっていた花をギュリッ、と握り潰す。
まだ人までに手をかける気はないけど、雪くんも綺麗だと思うよ。
お題 「モンシロチョウ」
出演 リサ 雪
今日、拓也(たくや)がこっそりお菓子を食べているのを見つけた。
誰かにバレたら不味いわけでもないのに、内緒にして、って頼んできた。
だったら私にも一口頂戴って冗談で言ってみた。
本当に一口くれた。
なんか申し訳なかったから私の持ってるお菓子も一口あげた。
お題 「二人だけの秘密」
出演 秋 拓也
「次はー...楽園ー楽園ー車内の方は座ってお待ちくださいー」
俺はそのアナウンスで目が覚めた。
どうやら寝ていたらしい。少し肩が痛い。
ぐーっと背伸びをして辺りを見渡す。
(そういえばさっきの二人は...)
俺は向かいの席に目を動かした。
「...は」
二人は俺が眠る前と変わっていなかった。まるで、そこだけ時が止まったかのような。
(...俺が寝たから、二人の物語はそこで止まったのか?)
などと考えると、再びアナウンスが流れる。
「この先ー電車が揺れることがございますーどうかーお気をつけてお過ごしくださいー」
そう言うとガタンッ、と車体が揺れた。
「うわっ」
俺はずべっ、と椅子から落ちてしまった。痛い。しかし向かいの二人は微塵も揺らぐことは無く、変わらない笑顔のままだった。
「いってぇ......なんで俺だけ...」
俺は腰を擦りながら立ち上がる。
「え、わ、わ、は!?やばっ!!!」
外を見ると先程の鮮やかな青色は何処にもなく、代わりに自然溢れる緑と大空が広がっていた。
「うーわめっちゃ綺麗!!」
俺がその景色を見ていると、ゆっくり電車が止まった。
しばらく待っていると、二人の男女が俺のいる車両に乗り込んできた。
「お洒落だな~」
「誰もいねーの?変なの」
一人は黒髪のストレートロングヘアー、もう一人は茶髪のちょっと癖っけのあるショートヘアー。
「あ、ここいいんじゃね?」
そう言って男性の方が指差したのは、俺の前の席。
「じゃあそこにしようか」
二人は向かい合う様にして座っていた。
「気持ちいい~」
(わかる)
「景色も綺麗~」
(わかる)
「そうだな、綺麗だよ」
(わか...ん?)
今、何か結構凄いこと言ってた気がする。
「楽園って名前の地名だからやっぱりそうだよね~」
「......そーだな」
もしかしてだが、男性の方は違う意味で言ってたのかもしれない。
表情も何もこっちからは見えないから、何とも言えないが。
五月が始まる。
じゃあ今月は二人にしようか。
お題 「楽園」
「誕生日?」
自室の机で作業する葉瀬(ようせ)が俺の方を向く。
「そうだよ。プレゼント何がいい?」
「えぇ~、んー...地球温暖化する前の地球」
「俺が用意できる範囲内でお願いします」
「ぶえー駄目か」
葉瀬は腕を振り上げ、椅子にもたれかかる。
彼女がそういうのも無理はない。何せ彼女の誕生日は8月の中旬、夏真っ只中だ。以前から、暑い暑いと訴えていたのを覚えている。
「玲人(れいと)なら模擬地球なんて、ぽんって出せるでしょ」
「俺をなんだと思ってるわけ?」
「玲人は玲人でしょ」
毎度の事ながらコイツ阿保かって思いました。
「だって今欲しいものってそれくらいしかないし...」
「規模を考えろ、規模を」
「ちっ」
「あ、舌打ち。しかも出来てないやつ」
「仕方ないでしょー!?小さい時親に止められたんだから」
「へったくそ」
「なんだと!!?」
こんなことが毎年続いている。欲しいものを聞けば有り得ない規模の物を言い、冗談だと言って次になんでもいいよと返す。
本人は欲しいものがない、と言っているが欲しいものがないんじゃなくて知らず知らずに諦めているのだ。
「......本当にない?欲しいもの」
「ん、んー...」
葉瀬は首を擦る。
「...例えばさ、どっか遊びに行きたいとか。このお菓子食べたいとかでもいいんだよ」
「んんー...!」
あ、これはちょっと思い浮かんだけど言っていいのかな、の顔だ。
「......えっと」
「うん」
「............んー...」
「.........」
「.........玲人と一日一緒に居たいなー...なんて」
俺はその言葉を聞いて彼女を思わず抱き締めた。
「え、ちょっ、は」
「うん!いいよ!一緒に居よう!」
わしゃわしゃと頭を撫でると葉瀬はくすぐったそうにした。
「他にもあったら言っていいよ」
「ん?ふふっ、無いよ。玲人が一緒に居てくれるなら、何もいらない」
なんて笑顔で言うから、俺は大きなケーキを買ってこようと考えてる。
この後、暑苦しいと言われて渋々離れた。
お題 「何もいらない」
出演 玲人 葉瀬