「ひとを殺したって言ったらどうする?」
「通報する」
即答だった。一瞬の逡巡すら感じなかった。
「その場は適当に宥めすかして、逃げてから通報する」
やけに具体的である。なんというか生々しい。
「一緒に死体埋めてくれるか聞きたかったんだけど」
「免許持ってるやつに頼めよ」
それはそうだ。車がなければ埋めるとこまで辿り着けないだろう。だがそういう話ではない。
「誰に頼まれたら死体埋めを手伝うかって話」
「誰に頼まれてもやらないだろ」
お前もそうだろと言われるとなにも返せない。うぐぅとだけ呻いておいた。
「…脅されれば手伝うかも?」
哀れまれたのか苦し紛れの答えが返ってきた。未だそうじゃない感から抜け出せていない。
「少なくとも友達に頼まれたからって死体を埋めたりはしない」
面白みのない回答だったが収穫はあった。
コイツはわたしを友達と思ってくれているらしい。
「照れるぜ」
「急にどうした」
外に出ると雨が降っていた。傘をさす程でもない、霧吹きで撒かれているような雨だ。傘がないだけで気分は爽快だ。水溜まりは一つもなく、靴に水が染み込まないように必死に避ける必要もない。肌が少し湿ってきたが不快感はなく、むしろそのつめたさが良いとすら思った。いつもの雨と比べてだいぶ寛容でいられる。柔らかな気持ちのまま駅に着き、電車へ乗り込んだところ盛大に足を滑らせた。足元が湿っていたせいだろう、肝が縮み上がった。
さっき寛容でいられると言ったな、あれは嘘だ。
部屋の電気を消して布団にもぐっていたとき一筋の光がみえた。希望などの比喩ではなく、物理的な光だ。廊下に続く扉の下のわずかな隙間から光が漏れている。廊下の電気を消し忘れたのだ。こちらは布団を丁寧にかぶり、少しうとうとしはじめていたところだ。消しに行くのがあまりにも面倒臭い。全くありがたくない一筋の光であった。
せっかくの休日に何もせずただダラダラと過ごし、ふと気づけばすでに18時を回っていて、夕食にしようと部屋を出たら廊下が真っ暗。昼ごろの日差しによる明るさを思い出しながら電気を付けたときに感じた物悲しさも哀愁を誘われたといってよいのだろうか。