#平穏な日常
朝、携帯から嫌な音楽が流れ始める。起きる時間だ。
「んん…、」
スッキリ開かない目でアラームを止める。
いつもより、5分遅い。
慌てて起き上がって支度を始める。
電車は今日も満員だ。人混みは得意じゃないのに…。
嫌な気持ちをしまい込むように
鞄からスマホを取り出す。
「あっ、そっか」
思わず出た独り言を隠すように慌てて咳払いをする。
今から13年前。
平穏な日常が一瞬でなくなった。
幸い、私の住んでいる所は少し遠かったから
すぐにいつもの日常が戻ってきた。
それでもTVから流れる映像はいつもの日常からは
ほど遠い物だった。
教科書でしか知らなかった災害の怖さ。
遠くにいても感じる揺れに、先生の緊迫した声に
今とても危険な出来事が起きている事を理解した。
一瞬でなくなってしまう日常に、
今生きている事が当たり前ではない事を
改めて知らされた。
あれから長い月日が流れ、なくなってしまった街は
少しずつ平穏な日常を取り戻しているのだろう。
それでも心に刻まれた恐怖や悲しみは
決してなくならない。
自分の近くでいつ起こるか分からないけれど、
今友達と会ったり、好きな音楽を聴いたり、
当たり前の毎日がこれからも続きますように。
これ以上、平穏な日常がなくなりませんように。
誰にお願いしたら届くのか分からない願いを胸に
私は今を生きていく。
#愛と平和
「ねえ、お母さん。愛って何?」
高校生になる娘が夕飯を作る私にそう尋ねた。
普段、愛や恋などとは無縁の話をする娘の唐突な発言に驚いて菜箸が床に落ちた。
「ちょっと、いきなりどうしたのよ」
「学校の宿題でさ、愛と平和について考えなさいって
言われたから。平和は何となく分かるけど愛って
何かなって思って聞いた」
「すごいテーマの宿題ね。うーん、愛か…」
宿題だから自分で考えた方が良いのではという
心の声は置いておく。
「お母さんは愛があれば平和になると思う?」
「そうね…。基本的には平和になるんじゃないかな」
「基本的には…?ならない時もあるの?」
「愛が深すぎてしまうと、
独占欲に変わったりするじゃない?そうなると相手の
自由を奪ったり、気持ちを無視したりする事にも
繋がったりするから平和とは言えない気がするわ」
「束縛的な事…?それは確かにそうかも」
「でももっと広い心でみんな仲良しみたいな愛だったら
きっと争い事が生まれなくて平和になると思うわ」
「なるほど…。お母さんは家族の事、愛してる?」
「そうね、愛しているわ。でもそれでいうと
少し深い愛になるかもしれないわ」
「えっ…、どういうこと?」
「もし家族が危ない目に遭った時、
自分の命を犠牲にして守りたいって思うからかな」
「えー、みんなで助かろうよ。それか、みんなで犠牲に
なろうよ」
「んふふ、あなたも中々深めの愛をもっているのね」
「あ、そうかも笑 だってお母さんの娘だしね。
宿題、終わりそう。ありがとう!」
早口で言った後、どことなく顔が赤くなった娘は
自分の部屋へ逃げるように向かって行った。
「可愛い娘。閉じ込めたいほど愛しているわ」
#バレンタイン
部屋中から甘い香りがする。
お菓子作りなんて久々にした。
小学生の頃は友チョコなんて物が流行って、
クッキーを作ったり、いちごにチョコをかけたりして
ラッピングして渡していた。
好きな相手にチョコを渡したのも小学生だった。
市販のチョコと鉛筆。
何が好きか考える時間がドキドキした。
あれから20年。
久々に好きな相手へチョコを渡す事にした。
市販のチョコは絶対美味しいし、見た目だって素敵だ。
それでも手作りのチョコを渡したい。
バレンタインには手作りを。
恋をする相手の為ではなく、恋をする自分の為に。
自己満足に過ぎないけれど、イベントは全力で楽しむ。
社会人になった私のポリシーだ。
それでも思いが届いたらいいなと願いを込めて
丁寧にリボンを結ぶ。
私の気持ち、気づいてくれていますか?
実は小学生振りの手作りチョコなんです。
大人になってこんなにドキドキする事が久々過ぎて
今、私どんな顔していますか?
今日の為に新しいワンピースも買ったんです。
とびきりかわいい私でいたいから。
溢れそうなドキドキを胸に紙袋を差し出す。
「実は、前から好きだったんです…」
#あなたに届けたい
昨日、仕事で失敗しちゃったんだ…。
今日、新しい靴を買ったの。
明日、久しぶりに会う友達とご飯に行くんだよ。
悲しかった事、嬉しかった事、楽しみな事。
小さな事も大きな事も全部あなたに伝えたい。
子どもの頃、人に自分の事を話すのが苦手だった。
今でもそれは変わっていなくて、
友達との会話は聞き役が多い。
私の事なんて…ってネガティブな感情が先行して
躊躇ってしまう。
でも、あなたにだけは何でも話してしまう。
本当は自分の話をする事が苦手なのは彼も知っている。
彼と付き合う前、一度だけネガティブすぎる思考を
話してみた。
面倒だなって思われるかな…。
「俺は君の事、知りたい。君に興味がある。
俺も何でも伝えるから、君も何でもいいから
教えてくれると嬉しい」
怖くなって俯きながら話す私に彼は言った。
彼は何でも伝えてくれる人だった。
朝、パン食べたよ。段差でつまづいて恥ずかしかった。
昇進試験に合格したよ。
些細な事から大きな事まで何でも。
そんな彼に影響されて今では私も自分の事を
伝えるようになった。
受け止めてくれる人がいるから安心して伝えられる。
今日の出来事と一緒に私の気持ちをあなたに届ける。
"今日ね、お昼食べたワッフルが美味しかったよ。
いつも色々聞いてくれてありがとう。大好きだよ"
"何、急に…。ビックリしてお茶吹いたんだけど…笑
こちらこそいつもありがとう。俺も大好きだよ。
今度、そのワッフル一緒に食べに行こうね"
#特別な夜
明日、私は大好きな彼と結婚式をする。
結婚式は小さい頃からの憧れだった。
初めて結婚式に行ったのは幼稚園の頃。
担任の先生の結婚式だった。
当時、プリンセスが大好きだった私。
キラキラなドレスを着る先生の笑顔が忘れられなくて、
結婚式は私にとって憧れの物になった。
高校生になっても結婚式への憧れはなくならなかった。
ウエディングプランナーという仕事がある事を知り、
ブライダルの専門学校へ進学した。
就職して、キラキラな世界とは程遠く
現実は中々大変で厳しい世界の仕事だったけれど、
結婚式当日の花嫁さんの姿にやりがいを感じた。
大好きな仕事だったけれど、私も主役になりたかった。
綺麗なドレスを着たかった。
同じ職場の先輩から告白をされた時は驚いたけど、
密かな私の憧れの人だったから嬉しかった。
そんな彼と明日、結婚式を挙げる。
プランナー同士、仕事が忙しくて準備は大変だった。
それでも小さい頃から憧れの結婚式を挙げられる事が
嬉しくて頑張った。
彼も私が結婚式に憧れをもっている事は知っていたから
私の理想を叶えるために頑張ってくれた。
「なあ、明日だな」
不意に彼が話し始めた。
「そうだね。子どもの頃からの夢だったから
とっても嬉しい…」
「そういえば言ってなかったんだけど、
俺も結婚式、子どもの頃からの憧れだったんだ」
「え、そうなの?」
「親戚の結婚式に初めて行って、
すげー素敵な空間だなって、
俺もいつか自分の結婚式挙げたいなって思ってた。
就職面接の時にもこの話、したんだよ」
「私も就活でしたよ!知らなかった…」
「それは聞いてたな笑」
「今更だけど私の理想ばっかり聞いてもらって、
大丈夫だった…?」
「俺の理想の結婚式は大好きな人と一緒に幸せな空間を
作り上げる事だから、それは大丈夫」
「ありがとう…。あなたと結婚できて嬉しい」
「それはこっちのセリフだよ。お互い、他人の結婚式の
準備も抱えながら頑張ったよな…笑」
「本当だよね笑 ちょっとセーブすれば良かったとは
思ってる笑」
「確かに笑 明日、良い式になるといいな」
「そうだね。まあ、プランナー同士の式ですから、
大丈夫でしょ笑」
「それもそうだな笑」
彼と笑い合う。
この空間が嬉しくて幸せだ。
明日の結婚式もきっと忘れられないものになると思う。
でも、今この時もきっと同じくらい忘れられない
特別なものになると思う。
改めて彼の優しさを、彼の愛を知り、
この人と私の憧れを叶えられる事が嬉しい。
「俺も憧れを叶えられる相手が君で嬉しいよ」
「…えっ?」
「独り言、声に出てましたよ笑」
「わあ… 聞かなかった事には…」
「しないよ笑 変な事言ってないからいいでしょ笑」
「まあ、良いけど…恥ずかしすぎる…笑」
「あははっ!」
お腹を抱えて爆笑し始めた彼を横目にきっとこれからも幸せな家庭を築く事ができると感じる。
特別な夜に窓から見える星に
これからの幸せの願いを込めてから、
今だに笑い続ける彼をどうにかしよう笑
「ねえ、笑いすぎ…!」