#何でもないフリ
家が隣で、親同士が仲良し。
生まれた病院も一緒で、小さい頃から家族ぐるみで
旅行に行った事もある。
少女漫画かよ、って思うほど
俺とあいつはいつも一緒だった。
可愛くて、優しくて、しっかりしていて。
あいつの事を好きになるのに時間はかからなかった。
テストの点数、嫌いな教師、親への不満。
あいつには何でも話せたし、
あいつも俺に何でも話した。
でも1つだけ。恋愛話だけはあいつにできなかった。
それなのに、あいつは俺に恋愛相談をする。
あいつの好きな奴は俺の親友だった。
好きな奴と仲の良い、自分の幼馴染。
恋愛相談をするには完璧な相手だった。
けれど、あいつの恋愛が上手くいかない事を
俺は知っている。
親友には俺と同じように昔から好きな幼馴染がいた。
親友の幼馴染も、親友の事が好きなようだった。
親友の事を話すあいつの顔が悔しいくらいに1番可愛い。
その顔、俺がさせたいんだけど。
そうカッコよく言えたらどれだけ良いのだろう。
漫画のような設定の俺とあいつ。
この先の未来が漫画のようなハッピーエンドだったら。
女々しい事を頭の中でぐるぐると考える。
ああ、情けない。
それでも俺は、頼りにされている事が嬉しくて
心が傷ついている事に無視しながら
何でもないフリをして今日も恋愛相談に乗る。
#手を繋いで
付き合って1ヶ月の僕ら。
マッチングアプリから知り合ったから大切にしたくて、
まだ手を繋いだ事がない。
高校生かよってね。
もう社会人なんだけど、手を繋ぐ事1つもできずにいる。
友達に話したら、やっぱり高校生かよって言われた。
だよね、そうだよね。僕もそう思う。
でもさ、そんなに恋愛経験もないから言えないんだよ。
情けないよな…。
「ねえ、手繋ぐ?…?」
「えっ…」
「んふふ、ずっと1人でブツブツ言ってるから何かと
思ったよ」
「え…、嘘…、今の…」
「全部聞いてたよ」
「うわ〜、まじか…」
悩みすぎて彼女が隣にいる事を忘れていた。
独り言が駄々漏れだったなんて、恥ずかしすぎる…。
「1ヶ月だけど、大切にされてる事伝わっているよ。
だから、はい」
「僕からカッコよく言いたかった…。
ごめんね、ありがとう」
「いいえ。あなたらしくて好きよ」
「もう、僕よりイケメンじゃないかよ…!」
「そう?ほら、手繋ぐんでしょ」
「繋ぐ、繋ぐ!」
思わず、食い気味に言ったら大爆笑された。
友達に言ったらまた笑われそうだけど。
こんな僕を受け入れてくれる彼女は
やっぱり大切にしよう。
真っ暗な空に輝く星に、今度こそ心の中で誓いながら
僕らは手を繋いで歩き出した。
#逆さま
「みてみてー!」
無邪気な声に振り向くと、クラスの子どもが足を広げて
間から私の事を覗いていた。
「あはは、何やってるの?」
「せんせい、みっけ〜!」
「見つかった〜」
そういうとゲラゲラと笑い出す。
保育士になって6年。
子どもの面白いと思う物は色々あるけれど、
大人よりも面白いと思う物が多いと思う。
「せんせいもやって〜!」
「いいよ」
同じように足の間から覗いてみる。
なるほど、天と地がひっくり返っている。
「本当だ、面白いね〜」
「でしょ!」
ごめんね。面白さは分からなかったけれど、
面白いを共有して、君の得意気な顔を見る事ができて
先生は楽しいよ。
君のその顔のが何倍も面白くてかわいいけれどね。
純粋無垢に今を全力で生きる子どもたちへ。
色んな事を知ってしまって大人になった先生から。
今、面白いと思う物はきっと大人になったら
面白くなくなるかもしれない。
それでも、一歩立ち止まって世界を逆さまに見てみると
意外といいことあるかもよ。
#さよならは言わないで
大きなスーツケースを転がす彼女の後ろ姿を眺める。
控えめで、おとなしい彼女は絵を描く事が得意だった。
得意な絵を仕事にするため、フランス留学が決まった。
夢に向かって、新しい世界へ飛び込もうとする彼女。
そんな彼女の後ろ姿はとても素敵で
私まで誇らしくなってしまう。
大事な親友の第一歩を応援するため、
空港まで見送りに来たのに
行かないでと思ってしまう私が嫌だ。
彼女とは幼稚園からの幼馴染で高校まで一緒だったから
自他共に認める大親友だった。
保育士を目指す私と大学は流石に離れると
思っていたけれど、
まさか海外に行くとは思ってもいなかった。
毎日会って、旅行に行って、電話もして。
そんな事が明日からできなくなってしまう。
悲しくて、寂しくて、彼女と過ごす最後の時間なのに
黙ってしまう私が嫌だった。
「ねえ、そろそろ行くね」
「…っ、うん。元気でね」
「もう、泣かないでよ…。
一生会えない訳じゃないんだから」
「でも、いつ帰って来るか分からないんでしょ」
「そうだね、ちゃんと仕事になるまでだから」
「だったら…!」
「でも、さよならじゃないよ。それにさよならって
言われたら私、夢叶わなかった事にならない?」
「あ…、そうかも」
「ね?時差はあるかもだけど、電話しよ。
手紙も送るね?あ、小学校の時みたいに
交換ノートでもする?」
「あは、いいね。じゃあ、私から送るね」
「うん、ありがとう。じゃあ、またね」
「うん、またね!」
彼女は私を力強く抱きしめた後
フランスへ旅立って行った。
「もう、謎にイケメンな事するんだから」
思わず呟いた私の独り言が
飛行機の音でかき消されていく。
あなたの親友としてまた隣に立てるように
私も夢を叶えるよ。
"また いつか笑ってまた再会 そう絶対"
イヤホンからそんな歌詞が聞こえてきた。
#光と闇の狭間で
まだ日が昇っていない、午前4時。
珍しく目が覚めた。
同時に冷たい寒さが押し寄せて
慌てて布団を引き寄せる。
天窓から空を見る。
月も太陽も見えないこの時間の空が、
私は意外と好きだった。
そうは言っても、ほぼ起きる事のない時間だから
あんまり見る事はできないけれど…。
仕事に行く母が隣の部屋で準備をする時。
普段より早く寝た朝。
あるいは、次の日に不安な事がある夜。
そんな時、この空を見る時間に目が覚める。
でも、起きる時間まで後3時間。
早起きするのも良い事だけれど、
まだ温かい布団に包まれていたい。
さっきの夢の続きが見られるかな。
私は目を閉じて、闇の中へ包まれていった。