#落ちていく
"あんな奴、やめなよ…"
そう、何度言われただろう。
自分の機嫌だけで、私の事を振り回す彼。
夜中だろうが、会いたいと着信が来る。
でも、私が会いたいと言った時に
彼の都合が悪いと怒鳴られる。
いつも彼の顔色を伺いながら、私はなんて事ない顔で
彼に笑いかける。
所詮、クズ男と呼ばれる部類に彼は属するだろう。
彼と付き合うまで、私は友達の立場だった。
何で別れないの?今、泣いているじゃない。
そう、友達に言った事さえある。
彼女達は揃って
でも、だって、と彼氏の優しさを話し始めていた。
第三者が何度別れろと言った所で結局は好きな気持ちがなくなる事はなく、別れる事は選ばなかった。
あの時は彼女達の事を理解する事ができなかった。
でも、今なら分かる。
彼の事が好きなのだ。
他人には無愛想な彼だから、
私にだけ心を許してくれているかのような笑顔が
愛おしくなる。
普段は怒鳴ってばかりいる彼だけど、何でもない日に
感謝の言葉と共に渡される一輪の花に胸が高鳴る。
私だけが彼を愛する事ができる。
私だけが彼の全てを知っている。
冷静になれば、
別れた方が正解だと言う事も分かっている。
それでも、彼の優しさに、笑顔に、
今度こそ別れ話をしなければという決意が消えていく。
これを依存というのだろうな。
朝の光に照らされ、
キラキラと輝く彼から貰ったひまわりの花に
彼の笑顔を思い出し、今日も私は彼へと落ちていく。
#夫婦
「もうすぐ誕生日だろ?今年はプレゼント何がいい?」
付き合って3年になる彼女。
友達からの付き合いで誕生日をお祝いするのは
今年で5回目。
毎年好きな物をプレゼントしていて
去年はお揃いのピアスだった。
恋人になって3年目。
彼女には秘密だが、
誕生日にはプロポーズもしようと思う。
俺らも結婚適齢期と言われる27歳。
いい夫婦と言われる日を結婚記念日にする予定だ。
同じ日に結婚した俺の両親。
こっちが恥ずかしくなるくらい
いつまでも仲の良い両親は、息子の俺が言うのも何だが理想の夫婦だ。
「えっとね…何でもいい?」
「ああ、何でもいいぞ」
何でそんな事聞くんだろう。
毎年好きな物を送りあっているじゃないか。
「えっと…、その…、あなたの苗字が…欲しいな」
「……っ! 他にはないのか」
「…っ。ごめん…」
「ああ…!違う違う、
それはすでにプレゼントする予定だからさ。
他にはないのか?」
「えっ……!」
「ったく、サプライズの予定だったのに…」
「んふふ…、ごめんね」
「いいよ、プロポーズの返事もらったし。
でも、誕生日プレゼントは別で渡したいから欲しい物
考えておいてな」
「うん…!ありがとう」
「あ…、恋人最後の誕生日だからさ。
やっぱりサプライズにしようかな」
「それ、今言う?」
「おいおい、それはこっちのセリフなんだが…?」
「あはは、本当だね!ごめんね…。
あなたから貰う物なら何でも嬉しいよ。
楽しみにしているね」
「もちろん、最高の誕生日にするよ」
サプライズは不発に終わったが、
両親のような
いつまでも仲の良い、いい夫婦になれそうな気がする。
#どうすればいいの?
認知症の祖母。
毎日怒鳴り声を上げながら祖母の面倒を見る母。
自分の親だけど無関心な父。
大声で祖母への怒りを叫ぶ母。
何もしない父への怒りでもある。
それなのに父へは本音で話さない母。
大声で叫ぶ母の声なんて聞こえているはずなのに
何もしない父。
夫婦なら本音で話せばいいのに。
本音で話せないから大声で叫ぶしかないんだろうな。
「きちんと話さないと伝わらないよ」
私の言葉に静かにしなさいと言う母。
意味分からない。何故?どうして?
他人と暮らすって面倒。
他人と家族になって幸せになれると思わない。
他人と家族になると面倒な事しかないのに、
何故周りは他人と結婚したいと思うのだろう。
恋愛したり、失恋したり。
小説を書く私は、いくつもの恋をしているのに。
どうして現実の私は、恋をして
結婚をする事に幸せを感じられないのだろう。
#宝物
「レポート3枚なんて無理だよ…」
大学で自分の宝物について書く課題が出た。
何で大学生にもなって宝物なんて…。
宝物についてかぁ、小学生以来だ。
あの頃は何て書いたかな?
「あ、あった…」
引き出しを漁ると少し破れた原稿用紙が出てきた。
「何、なに?くまのぬいぐるみ?」
何でそんなの宝物だったのかな…?
「、、、っ」
読み進める内に涙が止まらなくなった。
私、何でこんな大事な事忘れていたんだろう。
くまのぬいぐるみは今も取ってあるのに。
何でこんな事忘れていたんだろう…。
幼稚園で離れ離れになった、
あの子からのプレゼントだった。
「お母さん、このぬいぐるみってあの子から
もらった物だよね、、、?」
「そうよ…。思い出したのね。
あなた、作文書いた後に事故に遭って
幼稚園の時の記憶がなくなってしまったのよ」
「え、知らなかった…」
「ごめんね…。1回だけ話した事あったけれど、
思い出さなかったのよ」
「そっか…。いいよ、今思い出せたし…。
課題も終わりそう…!」
「そう、良かったわ」
-私の宝物はくまのぬいぐるみと大切な思い出です-
あの頃と同じ物を、
あの頃とは少し違った思い出を振り返りながら
私はレポートを書き始めたのだった。
#キャンドル
「半年だったけど、ありがとうね」
「ああ、、」
夏に付き合い始めた私達は今日、別れる事に決めた。
何が原因だったかな。多分お互いまだ好きなんだと
思う。それでも別れを決めたのはこの先、2人では
幸せになれないと感じたから。
仕事で海外に行く事になった彼。毎日のように
会っていたから遠距離に耐えられなかった。
それは、彼も同じだったみたい。
「仕事頑張ってね…!」
「ああ、そうだな。じゃあそろそろ行くわ」
「あ、そうだね…!今までありがとう…」
「なあ、幸せになれよ。俺が幸せにさせたかったけど」
「、、、っ。うん、あなたもね…!」
「ああ、じゃあな」
そう言って彼は遠い国へ旅立っていった。
扉が閉まった途端、涙が止まらなかった。
テーブルに置いてあったキャンドルに火を灯す。
彼からもらった物だった。
この火が消えたら前を向けるようにするから。
ううん、
このキャンドルが小さくなるまで前は向けないかも…。
暖かな光の中で私の心は冷え切っていた。