何かになれると思っていた
幼いころ
結局何者にもなれなくて
命の意味など
深くは考えないようにしている
今日この頃
[秋晴れ のち 雨]
『嫌っていうか…
悲しい気持ちになるのよ、
あなたと話していると』
彼女はそう言って
顔ごと伏せて
不必要な洗い物をはじめた
カチャカチャンと
小気味よくぶつかる食器たちは
間違いなく僕らより陽気だった
ぼくは彼女の心を摩耗させてきたらしい
守ってあげたかったのに
包みこんであげたかったのに
彼女は限界だった
にこにこしていないと
涙をコントロールが出来ないくらいに
そうしてないとニンゲンを辞めてしまいたいくらいに
辛い時、彼女は歌を歌う
いつまでもいつまでも
くりかえし同じ歌を
歌詞が聞き取れないくらい小さな声で
本能的に思考を逃がしているのだと思う
彼女は優しいので
悲しさと虚しさを他人にぶつけることができない
話しかけないで、と伝えられない
彼女は防護壁を築くように歌うので
僕は何も言えなくなる
『とある日のぼくら』
初恋の日
初めての失恋を
確信した日
亡くなっても
ココロ中でずっと、いっしょ
というけれど
私はそれは少し違うと思う
それは独りよがりの希望的ニセモノで
会いたいその人とは時と共にかけ離れていってしまう
亡くなっていようと
生きていようと
人のそれは
強く思い入れのある場所に残影する
会いたくなったらそこに赴いて
何気なくその空間で時を過ごしながら
ふと振り返った瞬間に
風が吹いた瞬間に
時報が鳴った瞬間に
お茶を淹れた瞬間に
会いたいその人に会えるものなのだ
それで少しだけ頬が緩んだら
また来るね、って
自分の時間に帰るのだ
↦↦↦↦↦↦↦↦↦↦↦↦↦↦↦↦↦
夜に響く野鳩の声
汲み取り式のトイレから出て
長く続く廊下の向こう
障子張りの居間
耳の遠い祖父の趣味は
夜ふかししてみる映画鑑賞
大音量でなる
「天使にラブソングを」
一度のまばたきで
電気が消え静まり返った居間に戻る
祖父はもういない
いきどころのない
『おやすみ』
真人間の刹那的な正義を
資本主義の化獣共が笑う
統制の取れた様に見える世界で
共産主義の化獣共が考え無しに繁殖する
ガジュマルの木に精霊がいて
風とともに歌う
使い古した箒に魂があって
夜な夜な踊る
それじゃあ駄目なんだろか