『嫌っていうか…
悲しい気持ちになるのよ、
あなたと話していると』
彼女はそう言って
顔ごと伏せて
不必要な洗い物をはじめた
カチャカチャンと
小気味よくぶつかる食器たちは
間違いなく僕らより陽気だった
ぼくは彼女の心を摩耗させてきたらしい
守ってあげたかったのに
包みこんであげたかったのに
彼女は限界だった
にこにこしていないと
涙をコントロールが出来ないくらいに
そうしてないとニンゲンを辞めてしまいたいくらいに
辛い時、彼女は歌を歌う
いつまでもいつまでも
くりかえし同じ歌を
歌詞が聞き取れないくらい小さな声で
本能的に思考を逃がしているのだと思う
彼女は優しいので
悲しさと虚しさを他人にぶつけることができない
話しかけないで、と伝えられない
彼女は防護壁を築くように歌うので
僕は何も言えなくなる
『とある日のぼくら』
9/21/2024, 4:24:53 AM