スープ

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11/24/2022, 12:45:07 PM

彼(セーターという名前なのだけれど)はひどく寂しがりだ。暑いなあなんて思って脱ごうとするとパチパチパチ。電気の力で私を離そうとしない。下ろした髪がボサボサになるし何よりピリッってしてさ痛いんだよ。気づいてるのかな。私がいないとどうしようもない自分の情けなさとか。気づいてないんでしょうね。いつも私のことしか考えてない。まるでストーカーのようよ。セーター。
そうは言っても外は寒いから出掛けるときは必ず彼を着てかなきゃいけない。パチパチパチ。ああ。また私に張りついてきた。しつこいなあ。それでもセーターを着なきゃ。外は寒い。襟に首を通して右手左手。パチパチ。まただ。ねえ。一体何回言わせるつもり。それでも着ている。温もりからは逃げられない。パチパチ。また。パチ。ねえ。パチ。ねえ。ねえ!もうやめてよ!

どれくらい経っただろうか。部屋から一切の音は無くなっていた。鼓膜が破れてしまったかと思った。遠くから救急車のサイレンが聞こえてそうではないことを知る。彼は無機質に佇んでいた。私の胴体を包み込んだまま。ほんとうに寂しがりなのはどっちなんでしょうね。まったく。あらい(愛らしいの略なのだけれど)繊維の目を弄くったまま私は生まれて初めて涙を流す。もう時間だ。はやく出掛けないと。外は寒い。風邪をひかないように気を付けよう。

11/23/2022, 1:24:01 PM

彼は考えていた。難しい問題だった。答えは中々出せなかった。誰のことも傷付けたくなかったから。君。無論彼自身のことも。難しい問題。トロッコ問題の比じゃないな。明日になったらこの世から道徳なんて消し去ってやる。彼は考える。言葉を探す。左手で鼻をなぞり一旦口呼吸。独楽のように脳味噌が回転し前頭前野が風を切る。音。

遠くから音がした。きっと春雷だ。ねえねえどうしたの。いやなんでもないんだよお願いだから笑っていてくれ。時間が経っていた。まだ答えが出せない。彼はたまらず頭を掻いた。ゆっくり墜ちていくふけがたった一つ。それは酸素の濃さを覚えながらからだ全部を震わせて叫ぶ。おい!俺はなんのために生きるんだ!俺はなんで!なんで!ふけ。声は少し雷に似ている。
途端脳味噌が急停止した。だから頭蓋が少し痛んだ。難しい問題。彼はとうとう決断した。涙は出なかった。口呼吸をやめてからゆっくり嘘をついた。端的にいう。明日はきっと良い日になる。ねえ。
ニーチェは知っている。神はとっくの昔に死んでいる。ニーチェも死んでいる。彼もまた堕ちていくのだろうか。堕ちて猶命を尽くして叫ぶのだろうか。音がする。音がする。雷はもう止まない。雨が一粒落ちてくる。春だ。

11/23/2022, 5:33:21 AM

あっついスープに息を吹く。もう一度。あっついスープに息を吹く。飲む。舌に触れる。あっつい。
隣で笑う人が今日はいない。うん。あの人はあっついスープをいつも冷ましてくれていた。だからあっついスープをあっついまま飲むのに慣れていない。一緒に飲みたかったなあ。このあっつくてあっつくて美味しいスープ。考えているうちに少しは冷めただろうか。あっついスープ。匙に取る。今度こそ。フーフー。飲む。やっぱりあっつい。もう飲めないよ。