「いいか?冬になったら、なんて思わない事だ。冬になったらもう、何もかも手遅れなんだからな」
いつになく真面目な顔をして目の前の男はそう言い放った。
普段はのらりくらりと風の向くままに生きているような男である。
一体どういう風の吹き回しだろうか。
「…それはどういう」
「みなまで言うな」
男は俺の言葉を手で制した。
「よく聞け。冬本番になればどこの店に行っても、コタツはかなりの高値で売買される事になる。コタツだけじゃねえ、ストーブも湯たんぽも、ホッカイロですら消費者の足元を見て相当な値段を釣り上げてくるはずだ。
つまり、かなりの額の損失が見込まれる事になるーーーそうなればもう、俺達の壮大なる計画は終わりだ」
「壮大なるーーー計画…?」
「そうだ」
男は頷く。
「俺達の崇高かつ至高の計画ーーーそれは即ち!!某夢の国二泊三日の旅行(ヴァカンス)に行くことである!!!!!」
ーーー何…だと。
男の発言に、思わず俺は瞬いだ。
「…いや、そんな事今初めて聞いたが」
「良いんだ、分かってる」
男はそう言いながら俺の肩にポンと手を置く。
一体何をどう分かっているというのか。
「これから頑張って節約すりゃいい。今からコツコツ節約すりゃ、あと数ヶ月後にはそれなりの額が貯まっている筈だ」
計画的に生きてこうぜ、と最も計画性からかけ離れた男が言った。
「夢の国資金は二人で約50万。これからどんどん貯めて行こうぜーーーお前の貯金を!!!」
…ん?
俺の…貯金…?
ーーーという事はつまり。
(こいつ……自分の金は1円も出さないつもりだ…!!!)
頑張ろうなーーーそう言って男は太陽のような笑顔で俺の肩に腕を回す。
ーーーそういえば、俺はこいつの事が大嫌いだったーーー
殺意を覚える程の眩しい笑顔を凝視しながら、俺は改めてそう思った。
★夢の国二泊三日戦線、開幕ーーーーー!!!?
(続くかもしれません)
縁(えにし)千切られ はなればなれ
運命を断つ天の川 対岸で互いの名を呼んで
詞(ことば)契りて かさねがさね
宵闇を断つ月の光 星座を辿り想い織り交ぜ
引き合う糸は 離すなかれ
全ての命運は 互いの手の中
針を走らせ 全てを繋げて
子猫の鳴く声は夢の中
目覚めて現を知り 今朝も泣く
暖かな日差しは遥か彼方
死して朧の生を忌み 厳寒に沈む
冷たさを孕んだ秋風が
鮮やかな葉を散らして
来たる冬の欠片を運ぶ
綻びた私の魂は
いつか散り散りに消え去って
其れでも
どうか最後の葉を散らすその前に
どうしても貴方に会いたい
"また会いましょう"ーーーー
そんな風に叶える気もない言葉を免罪符のように吐かれても困る。
私は知っている。この世界から離れた者の末路は二通りしかない。
一つ、離れると言いながらも覚悟を決めきれず、その内寂しくなり結局帰ってくる者。
そしてもう一つ、本当に二度と帰って来ず、その後一切の消息を断ってしまう者。
前者と後者は割合的には6:4といったところで、どちらになるかは日頃の言動などを見ていれば大抵分かる。
そして彼女はどう考えても後者だ。
彼女は寡黙であったが、いつだって全力で、いつだって本気だった。
そして、一度言い出したら聞かない人だった。
その言動に何度ふりまわされてきた事か。
ーーーー否。
今更何を考えたって仕方ない。
思えば私は彼女の何をも知り得ないのだから。
私自身がこの世界で己を偽っているように、彼女だって己を偽っていたのかもしれない。
そうーーーもしかしたら"彼女"ですら無いのかもしれないのだ。
私は空を見上げた。
夜空には零れそうな程の星々が煌めき、流星が幾つも夜を切り裂いてゆく。
透き通るように蒼い月は刃のように鋭い三日月であった。
偽りで出来た世界。偽りかもしれない自分。偽りかもしれない約束。
全く腹立たしいが、だがそれでいい。
少なくとも彼女と共にあった時間の幸せは、私にとっては正真正銘、本物であったのだから。
ーーーまた、また会いましょうーーー
届かぬ声で、私は静かに囁いた。
GR01"別れ"