静かなる森へ
実家はだいぶ田舎の方にあって、田んぼも山も森も川も自然がぎゅっと詰まったような場所。ランドセルを勉強机に置いたら急いで家を飛び出してあてもなく森へと駆けていく。木に登ったり、花を探したり、動物の鳴き声に耳を澄ませたり。そうやって日が暮れるまで自然と過ごした時間は、ふとパソコンに向かってばかりの現在を嘲笑うかのように夢に出る。もうどうやってもあんな時間は過ごせないのに、ビルに囲まれてばかりのマンションの近くには森なんてないのに。どうしても、あそこへ行きたくなる。
夢を描け
幼稚園の頃、お絵かきの時間に自分の夢を描けと言われてふりふりのピンクのドレスを着た自分を描いた。絵のファイルの奥底にしまわれていたあの絵のことはもうすっかり忘れていたが、結婚式当日に母がそれを持ち出してきて自分に渡しながら言った。
「ドレス、着たいなら着ても良かったのに。」
「…子どもの頃の話。今はちゃんと分かってるから。」
母はそうねとよく分からない返事をしながら絵を受け取った自分の真っ白のタキシードの肩についた糸をはらうように撫でた。
届かない……
どうやったって届かないものはたくさんある。あの日の伝えられなかった思いとか、待っていたのに来なかった約束とか、住所が変わっていて帰ってきてしまった手紙とか。いくら嘆いても届かないものは届かない。だけど、いつか何かの縁でふと、届いてしまうこともある。久しぶりの言葉と共に現れた彼女は変わっていなくて、今度会ったら必ず責め立てようと考えていた怒りはどこかへ消えていた。来なくても、また会えたからいいや。伝えられなかった思いだって今から伝えられるし、届かなかった手紙は次こそ自分の手で渡してしまえばいい。まだこれからだ。
木漏れ日
あの大きい木の下の木漏れ日が好きだった。今は切られてしまって切り株だけになったその木を見て時間の流れを理解する。あの木の下で寝転んだり、時々木登りしたりするの、好きだったなと思い出しながらその切り株に腰掛けた。明日は晴れるといいな。
ラブソング
純粋なラブソングは聴くのが恥ずかしくて、片想いだとか失恋ソングを聴いている方が性に合っている。そう思っていたが、本当に失恋してしまった時は辛すぎてそれらは聴けないと最近知った。それならば、私は何を聴けば良いのだろう。音楽がない世界に色はなくて、路頭に迷っていた私の元に響いてきた一つのサウンド。優しい風鈴のような音色に心が洗われて、歌詞のひとつひとつが寄り添うように送られてくる。失恋した直後と同じぐらいに涙が止まらないのに、それでも心は軽くて、音楽に救われていることを実感した。