夜が明けた。
開けっぱなしのカーテンを嘲笑うかのように眩しい日差しが視界を覆う。朝一番の眠気がつきまとうぼんやりとした頭で携帯を開くと「別れた」の文字。そこで彼女の夜も明けたことを知った。
ふとした瞬間
なんかで聞いた「ふとした瞬間に思い出すのが恋」ってのが本当なら、それを今しているかもしれないなーとシャワーでぼんやり思った。恋愛関係には疎いから、確証なんてないし、普通に喋りたいとか仲良くなりたいとかと同じ類の感情かもしれないけど。思い出すのはバイト先によく来るだけのその人で、接客以外のまともな会話なんてほとんど交わしたことないけど、なんとなく思い出す機会が増えた。それはその人が買っていったのと同じ花を育て始めたからか、暇すぎて時間の流れが遅いあのバイト先の時計を一瞬で進めてくれるからか。なんにせよ悪い感情は持っていない。いや、自分はかなりひん曲がった性格だから、初めて来た時は、失礼ながらもなんか派手そうな人〜ちょっと間違ったら怖そう〜とか思ってたりしたけど、話すと意外と落ち着いててふーんちゃんとした人なんだなーって感じで。今はその人が来るのを待っていることが多くなった。世間話なんてしてみたいけど、何かを間違えて来なくなってしまったら怖いから接客以外何もできなくて、関係を進めるのが怖くて、そもそも進め方も分からなくて、ただただ待っているだけで、ああ、今日も来てくれた、良かったと思うだけ。今は、それだけでいい。自分はふとした瞬間に思い出したり、バイトしてる時のちょっとの楽しみにしたりするだけで、その人も少しだけこの店に来るのを楽しみにしてくれいたら、それだけでいいのだ。
どんなに離れていても
どんなに離れていても心は一つなんて幻想。遠くの親戚より近くの他人と言うように、どうやっても心の距離と物理的な距離は切り離せない。毎日顔を合わす人のことは毎日頭を支配するが、離れてしまえばそんな人もいたなと頭の片隅に不意に現れたり消えたりしてしまうものだ。それでもどうしても離れなければならない大切な人もいる。好きで好きで、大好きでたまらないのに別れを決意したあの人や、大切だったのに大喧嘩の末疎遠になってしまったあの人に、お別れの言葉も言えないまま遠いところへ行ってしまったあの人も。目の前に楽しいことがあるとふと彼らの存在を忘れ、忘れている自分が心底嫌いになる。ただ、それでも年齢のせいか忘れっぽいことが増えてきた。年齢のせいにもしたくはないが、人間は抗えないものには抗えない。その全てを忘れたくないのに、綺麗なものばかりに思えるような思い出じゃなくて、それ相応に綺麗なことばかりでなかった記憶のままにしたいのに。今日も何かを忘れていそうな頭を抱えて重みのある本に日記をつける。
「こっちに恋」「愛にきて」
「こっちに恋」
深夜二時の彼からのLINE。いつもはかっこつけてるくせに、あり得ない誤字に思わずふっと息が漏れる。この時間に連絡にしてくるってことは大方酔っ払ってベロベロで間違えたんだろうけど、思わず間違えてしまうほど検索履歴の上位に恋なんていうかわいらしい言葉が残っていたと思えると笑いが止まらない。仕方がないから迎えに行ってやろうとは思うけど文面があんまりかわいくないのはいただけない。いや、十分かわいいんだけど、元の文を考えると若干偉そうなのが気に食わない。もっとかわいくお願いしてくれたらいいよと返す。既読から数分経ってから送られてきた彼からのメッセージを見て満足したので車のキーを取り出した。
どこへ行こう
どこへ行こうかなんて決めていなくても歩いていればどこかには着く…なんて思ってたけどやっぱ着かなかったわ。暇を持て余しすぎて、家にいてもゲームで目が痛くなるばかりだからと定期券の範囲内の駅で降りてみた。普段乗り換えにさえ使用しない駅だから全く道を知らない。こういうあまり知らない町の個人経営の定食屋さんとか異常においしいところがありそうと思って空腹の中数十分歩いてきたけど開いてそうなお店どころかコンビニさえない。思ってたよりも田舎だったな、しくったな、あー普通にどっか栄えてるところでごはん食べれば良かった…なんてぼんやりと考えながらやっと見つけたのは赤と黄色のMが目印のファストフード。吸い込まれるように店内に入ってカウンターの席を取り、モバイルオーダーで食べ慣れたバーガーを頼んですぐにかぶりつく。ああ、何してんだろと虚無感に陥りながら食べ進める。それでもこの日のバーガーが今まで食べたどのバーガーより美味かった。