チカ

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4/21/2024, 12:02:32 PM

 長い沈黙の間、何度も何度も唾を飲み込んだ。
 机を挟んで目の前にいる彼には目を向けられなかった。彼もまた、私を見ることなく俯いていたからだ。
 窓からは夏の顔をほんの少し覗かせた陽の光が差す。そんな季節の訪れに周りの人々は浮き足立っているように賑やかに談笑を楽しむ。それと裏腹に、ウエイターは忙しなく笑顔を忘れ店内を行ったり来たりとする。
 私はどこか自分が遠いところにいるような感覚になる。私と言う存在を確かめるために、机の上に乗せた指を僅かに折り曲げると、疑うまでもなくしっかりと意識の伝達は体の末部に行き着いた。
 そのまま、コースターに乗せられたグラスに手を伸ばす。喉が渇ききって痛みを感じるほどでアイスコーヒーにしておいてよかったと浮かぶ。
 ついこの前まで、二人でこの喫茶店で同じホットコーヒーを頼んでいたのにな、もうあったかくなったもんだ。そんなことを思いながら。
「……ごめん、別れてほしいんだ」
 彼は、ずっと溜めていたような声で、独り言のように私に伝えた。

 ああ。
 グラスにようやく触れた手には、結露した冷たい温度が流れ落ちていく。飲もうとしていたアイスコーヒーは机から離れることなく、溶けた氷でコーヒー分離した水を揺らす。
 そのうち手に流れる冷たい雫と、その上に瞳から溢れとめられない涙が落ちて、私の心をぐちゃぐちゃにかき混ぜていく。

 終わりが来るだなんて、想像もしていなかったあの日々が蘇って、私は小さな嗚咽を漏らすことしかできなかったのだ。
 

11/9/2023, 2:42:25 PM

螺旋階段を行ったり来たりするように、私はいつまでもあの頃を引きずって生きている。 
戻る事ができたなら、何をするだろうか。
けれど、あの頃をもしまた過ごし小さな選択を重ねたとしても、私は私を選んでここに戻ってくるような気がした。
そんな夜の隅っこで、私は今日も今日を終わらせるのだ。

11/7/2023, 1:15:12 PM

やらなくちゃに反して出来ない。
しちゃだめだに反してやってしまう。
伝えたいに反して何も言えない。
泣きたいに反して泣けない。
今日も私の中のあなたは、私に反している。

感じることや考えることを全て共有して、手を繋いであなたと生きていけたなら、幾分気楽になれるのだろうに。

11/6/2023, 2:54:44 PM

予定になかった通り雨にかき消される溜息。
仕事帰りの冷えた空気は前向きな気持ちを削いでいく。
泥を跳ねて通る勢いの良い自転車。傘もなければ運もない。
下を向いた瞬間ピコンと鳴る似合わない軽快な音。スマホを取り出せば、一つの連絡。
『傘忘れたでしょ、めちゃくちゃ目立ってるよー笑』
ぱっと顔を上げれば君が買い物袋をぶら下げて笑っていたんだ。

その顔に駆け寄れば、雨の色は変わるのを感じた。

11/5/2023, 12:52:04 PM

誰とも語り合えなくても、面白かったあの映画の主人公の足取りをこっそり真似た。そんな自分の姿がなんだか心地よかった。
わかってもらえなくとも、知らなくとも、別にいい。私だけの空間がここにあるんだ。

けれど、いつものレンタルショップで貸出中のそのDVDを見ると、今は違う誰かがあの世界に入り込んでいるのだろうと思えて、私は軽いスキップに鼻歌を加えるのだった。

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