孤月雪華

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11/27/2023, 3:04:35 PM

【愛情】


「ハルヒロ。野菜、後回しにしないで、きちんと食べなさいよ」

 夜の食卓で。
 ハルヒロの前に座っている母が、口を尖らせた。
 
「うるさいなー。分かってるから」

 三角食べは基本である。
 マナー、みたいな。確かにそれもあるし、健康にもそちらが良いのだろう。たぶん。
 ハルヒロもそれは分かっていた。
 けれど、無意識に自分の好きなものばかりを食べてしまう。
 分かっているのに指摘されると、なんだか悔しというか、反抗したくなるというか。

「うるさいじゃないでしょ〜。もう」

 母は口うるさいが、ハルヒロをよく気にかけていると思う。

 頼み事をしたら、渋い顔をしながらもなんだかんだ聞いてくれるし、一番にハルヒロのことを考えている。

 もう20歳になるし。
 反抗? みたいなのは、流石にないけれど。
 やっぱり口うるさいのは嫌だ。
 
「……」

 相変わらず父は無言である。
 武士みたいだ。
 食うのは早いし、無言だし。
 それでも、なんだかんだハルヒロのことが自慢らしい。
 親の愛情だろう。
 恥ずかしくて、受け止めきれない。
 ハルヒロは夕飯を食べ終えると、そそくさ自室にこもった。


* *


 大学の食堂はいつ行っても騒がしい。
 たぶん、講義が終わるのがだいたいみんなこのくらいの時間だからだろう。
 集中するのだ。人口が。
 キャンパス内の人間が、一つの箇所に集中すると、とんでもないことになる。

「席取れて良かったぁ」

「メイ、足速すぎだろ」

 メイがほっと安堵しながら、昼食をテーブルに置いた。
 リュウとハルヒロは肩で息をしているのに対し、メイはケロッとしている。

「元水泳部なめんなよ〜」

 メイは講義が終わると一目散にリュウとハルヒロの腕を掴んで走り出す。
 おかげでいつもハルヒロたちは食堂の席を獲得することに成功するのだが、命懸けだ。
 体力のないリュウとハルヒロは肺が潰れそうになる。

「いただきます」

「「いただきまぁ〜す」」

 メイは元気だ。なんというか、元気な小動物? みたいな。そんな感じ。
 それもまた愛おしい。
 
「ハルヒロ〜。野菜を先に食べた方が良いって聞くよ? それに、たまに野菜残すじゃん。良くないよ」

 ふと、メイが思い出したように口を尖らせた。
 なんだか、前にも同じこと言われた気がする。母に。
 
「ああ、忘れてた」

「何それ〜」

 ハルヒロが答えると、メイは笑った。
 ていうか、よく観察してるな。ちょっと恥ずかしい。
 それと同時に、嬉しかった。
 メイに指摘されると、うるさいとは思わない。それよりも、心が躍る。
 メイのこれも、愛情……なのか? いや、友情?
 
「ありがとう。メイ」

「改まって言われると、恥ずかしいじゃん」

 メイが頬を赤らめて、そっぽを向いた。
 帰ったら母にも、礼を言おうかな。なんて。
 もう少し、素直になってもいいかなと、ハルヒロは思った。

 ちなみにリュウはいち早く完食すると、スマホに没頭していた。
 リュウもまるで、武士みたいだ。

11/26/2023, 12:46:26 PM

【微熱】
 

 なんだ? いつもよりも少し、変な感じだ。
 頭が痛いわけでも、喉が痛いわけでもない。
 
 風邪ではないだろう。そんな気がする。
 齢20まで生きてきて、当たり前だが、風邪はたくさん引いてきた。
 その経験から、このだるさと微熱はまた別のものだと判断できる。


「ハルヒロ。どうした? ぼうっとして」


 大学の講義が終わったあと、前の席に座るリュウが振り向いてきた。
 茶髪に染め上げているが、根元が黒くなってきている。
 やはりこいつはどこか、真面目さが抜けきれていないなと、ハルヒロは思った。

「いや、とくに。別になんでもないんだけれど。うーん」

「なんだい。煮え切らないな」

 リュウは潔癖症だ。とくに、ウイルスに関しては敏感である。
 微熱があるかもと言えば、きっと眉間に皺を寄せるだろう。
 いや、そこまで行かずとも、多分「大丈夫?」って心配してくれるだろうけど、でもやっぱり、警戒はするだろう。

 
「ハルヒロの状態はよくわかるよ」


 意外にも、彼は知ったような顔をした。
 それと同時に、リュウの後ろから、とある女子がやってきた。
 彼女の名前はメイだ。
 少しばかり、心臓が跳ねるような気がした。
 なんだ? 緊張……してるのかな。

「やっほ。お昼食べに行こ。早くしないと、食堂混むからさ。早く早く!」

「メイ、そう慌てんな。慌てる乞食はなんとやらだ!」

 メイがジタバタするのに対し、リュウはゆっくり立ち上がって言った。
 
「ハルヒロも早くー」

 そう言って。
 メイがハルヒロの腕を掴んだ。
 もはや、掴むというより、組むと言った方が正しいかもしれない。
 ふわりといい香りがする。
 彼女は控えめに言って大変美人だ。
 美人というよりも、どちらかというと、可愛い系……なのか? 小さくて、小動物のようだ。

「あれ、いつもより熱いね。顔も赤いようなー。微熱?」

 メイの上目遣いが、眩しい。
 目が大きいし、なんだかこう。よく分からないけれど。
 思わず目を背けてしまった。

「ち、違うよ。それより早く行こう。ほらリュウも!」

「ハルヒロ。微熱の原因は、分かったかな?」

 なんだよ。リュウのやつめ。
 分かっていたなら、もったいぶらずに早く言って欲しかった。
 ハルヒロはそそくさ歩いた。
 メイは小首を傾げて、後ろから追いかけてきた。