孤月雪華

Open App

【愛情】


「ハルヒロ。野菜、後回しにしないで、きちんと食べなさいよ」

 夜の食卓で。
 ハルヒロの前に座っている母が、口を尖らせた。
 
「うるさいなー。分かってるから」

 三角食べは基本である。
 マナー、みたいな。確かにそれもあるし、健康にもそちらが良いのだろう。たぶん。
 ハルヒロもそれは分かっていた。
 けれど、無意識に自分の好きなものばかりを食べてしまう。
 分かっているのに指摘されると、なんだか悔しというか、反抗したくなるというか。

「うるさいじゃないでしょ〜。もう」

 母は口うるさいが、ハルヒロをよく気にかけていると思う。

 頼み事をしたら、渋い顔をしながらもなんだかんだ聞いてくれるし、一番にハルヒロのことを考えている。

 もう20歳になるし。
 反抗? みたいなのは、流石にないけれど。
 やっぱり口うるさいのは嫌だ。
 
「……」

 相変わらず父は無言である。
 武士みたいだ。
 食うのは早いし、無言だし。
 それでも、なんだかんだハルヒロのことが自慢らしい。
 親の愛情だろう。
 恥ずかしくて、受け止めきれない。
 ハルヒロは夕飯を食べ終えると、そそくさ自室にこもった。


* *


 大学の食堂はいつ行っても騒がしい。
 たぶん、講義が終わるのがだいたいみんなこのくらいの時間だからだろう。
 集中するのだ。人口が。
 キャンパス内の人間が、一つの箇所に集中すると、とんでもないことになる。

「席取れて良かったぁ」

「メイ、足速すぎだろ」

 メイがほっと安堵しながら、昼食をテーブルに置いた。
 リュウとハルヒロは肩で息をしているのに対し、メイはケロッとしている。

「元水泳部なめんなよ〜」

 メイは講義が終わると一目散にリュウとハルヒロの腕を掴んで走り出す。
 おかげでいつもハルヒロたちは食堂の席を獲得することに成功するのだが、命懸けだ。
 体力のないリュウとハルヒロは肺が潰れそうになる。

「いただきます」

「「いただきまぁ〜す」」

 メイは元気だ。なんというか、元気な小動物? みたいな。そんな感じ。
 それもまた愛おしい。
 
「ハルヒロ〜。野菜を先に食べた方が良いって聞くよ? それに、たまに野菜残すじゃん。良くないよ」

 ふと、メイが思い出したように口を尖らせた。
 なんだか、前にも同じこと言われた気がする。母に。
 
「ああ、忘れてた」

「何それ〜」

 ハルヒロが答えると、メイは笑った。
 ていうか、よく観察してるな。ちょっと恥ずかしい。
 それと同時に、嬉しかった。
 メイに指摘されると、うるさいとは思わない。それよりも、心が躍る。
 メイのこれも、愛情……なのか? いや、友情?
 
「ありがとう。メイ」

「改まって言われると、恥ずかしいじゃん」

 メイが頬を赤らめて、そっぽを向いた。
 帰ったら母にも、礼を言おうかな。なんて。
 もう少し、素直になってもいいかなと、ハルヒロは思った。

 ちなみにリュウはいち早く完食すると、スマホに没頭していた。
 リュウもまるで、武士みたいだ。

11/27/2023, 3:04:35 PM