“それでいい”
彼はよくそう呟いていた。
彼は何を考えているのか分からなかった。
本当にそれでいいの?
あなたはそれで、本当にいいの?
その度に彼は深く頷いた。
そのうち彼はすっかり色褪せてしまった。
くすんだTシャツに日に日にやつれていく彼の姿は見ていられなかった。
ねぇ、私は、よくないよ。
だから、ねぇ、本当に、それでいいの?
彼は小さく微笑み乾いた声を漏らした。
『寒さが身に染みて』
体が震えているのは寒いからだろう。
目から涙が溢れるのは空気が冷たいからだろう。
吐く息が白く、視界を遮る。
この白い息が晴れた時、草木は優しく揺れ、川のせせらぎは私を包み、
太陽は涙さえも凍るようなこの冬の冷たさをも抱きしめてくれるだろう。
もうすぐ夜が明ける。
冬の長い夜が明ける。
だから、今だけは──
『20歳』
20歳になったら何をしよう。
周りの人たちと価値観に合わないと気づいた8歳
夢をただひたすらに描いていた幼い頃のように物事を考えられなくなった10歳
世間から見た私と、私から見た私が相反してお互いがお互いを虚像として見るようになった14歳
いくら悲しくても辛いことがあったとしても常に笑っている自分に嫌気がさした16歳
世間から孤立することを決めた18歳
世間から離れることによって、少し、もう少しだけ、世間に歩調を合わせてみようと試みた19歳
さて、来年、私は何を成すのだろう。
人間は20になる年を大人と設定したが、今や平均寿命の4分の1以下しか生きていないのにも関わらずこの歳を
『成人』とする。
30年経っても、40年経っても、根っこは皆子供心を持ち、その心を隠さなければいけなくなる年がこの世に生まれて20年経ったこの日なんだと思った。
だが、どうやら世間では違うらしい。
どうやら、大人になる日が、この日らしい。
ねぇ、パパ、ママ、大人って何?
『君と一緒に』
世界がどれだけ荒れ果てたって
世界がどれだけ貴方を否定したって
私はあなたのそばに居たい。あなたのその優しい手を握りたい。
ねぇ、私、君と一緒に─────
踊り場をかける2人の影は夕焼けと共に沈んでいった。
『幸せとは』
“幸せ”と名付けた瞬間
もう、何かは欠け始めている。
彼は悲しそうに笑った。
彼の本音に初めて触れた気がした。
私はそっと彼の輪郭をなぞり、抱きしめた。
彼の体はもう冷たく、目は虚ろで
それでも彼の真は冷えきっていない。
彼にとって“幸せ”とはなんだったのだろう。
おそらく、彼が、“彼自身”で無くなることだったのだろう。