「ひっく……」
「まーた泣いてる、どうしたの?」
「ままに、怒られたぁ」
「ちゃんと謝ったか?……まだなら、兄ちゃんと謝ろ、な?」
「……うん」
紅い夕暮が差し掛かる少し前、公園の大きな木の下に弟はいた。
どうやら、母さんのお気に入りの花瓶を割ったらしい。
だからあんなに機嫌が悪かったのか。
帰り道、母さんの好きな野菜コロッケでも買って帰るかぁと思いながらまだ泣きべそをかいているこのちびっこをちらりと見た。
まだまだ小さな手で、数年が経てばこいつには反抗期が来て俺なんかと手を繋がなくなるんだろうなぁと思い、ふと、握る手が強くなった。
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「覚えてる?兄貴、俺が─5歳くらいの時、母さんの花瓶割ってさ、俺
……その時、帰り道、母さんのコロッケと、俺に肉まん買ってくれたじゃん
嬉しくてさ
だからさ……。
…………兄ちゃん………なんで、何も言わなかったの……何か言ったら、助かったかもしれないのに……
こんな、遺書なんか残して……っ」
電子音すら鳴らない病室に嗚咽が響き渡り、白い布を被った兄は今、どんな顔をしているのだろう。
冷たくなった手を握った。
いつも、俺を優先してくれた、優しい兄
たまに怒ると怖い兄
でも、その後にいっぱい甘やかしてくれる兄
俺の事を大好きだと、自慢の弟だと、嬉しそうに笑う兄
全部が全部、愛おしくて、離したくなくて
──ねぇ、俺も、連れて行ってよ
いつの間にか意識を手放していたのか、すっかり眠っていたようだ。
目の前には目を真っ赤に腫らした兄が立っていた。
怒っていた。
「……兄ちゃん」
でも、目の前に兄がいることが嬉しくて、俺は笑った。
兄も今にも泣きそうな顔で笑った。
そっと手を繋いで、2人は歩いた。
ただ、ひたすらに答えを求めた。
答えを追った。
それが真実だと言わんばかりに、ただ祈った。
それだと信じ込ませ、自分を呪った。
でも、正解なんてこの世界に何一つなくて、そして、
不正解も存在しなくて、ただ呆然とこの真っ白な世界に足を踏み入れてしまった。
もう、何も分からない。
何が正しいかなんて、知りたくない。
私が信じたものは全て偽りだったのか?
いや、そうじゃない。でも、分からない。
あなたは誰
私は誰
ここは、どこ?
答えは、どこ?
『大好き』
嘘でもいい
僕は嬉しかった。
あなたにそう言って貰えて、嘘でも、嬉しかった。
ねぇ、でも、あの時間を嘘って言わないで。
僕と過ごした時間は、嘘じゃないって言って。
たとえ二番目でもいいから
だから、ねぇ──……大好き
僕は、ずっと、大好き
愛してる
『叶わぬ夢』
僕は、あなたの横で笑いたかった。
あなたに笑って欲しかった。
ただ、そばに居たかった。
でも、あなたが幸せなら、僕も幸せです。
だから、泣かないで。
暖かいその手で、あなたを待ってる人の所へ行って。
じゃないと冷たい僕は、あなたを連れて行ってしまう。
『花の香りと共に』
花の香りと共にあなたの影を追う
(……この匂いは、カーネーションだったのか)
ふと横を通った花屋。
記憶の欠片が満たされるように、割れたガラスが継ぎ接ぎされていくように心が満たされた。
「ふふ、カーネーション、綺麗に咲いたんですよ」
嬉しそうに微笑むその人は愛おしそうにカーネーションを撫で、その瞳はかつてのあの人の瞳と同じものだった。
「──1本、ください」
その人は少し驚いた様子でこちらを見た。
少しオロオロとしており、ふと、自分が泣いていることに気がついた。
私は慌てて涙を拭き、申し訳なくなり思わず頭を下げた。
「あ、頭を上げてください……!
贈り物ですか?」
「あー、はい。
妻へ……」
「わかりました」
すぐにラッピングをし持ってきてくれた。
可愛らしいリボンに、美しく咲いている、純白のカーネーション
その香りはまるで、横にあなたがいるように感じて、そして───
少し悲しそうに笑っている、あなたの顔があった。
白のカーネーションの花言葉 :
「亡き母を偲ぶ」「純潔の愛」「尊敬」、「あなたへの愛情は生きている」