創作「あじさい」
彼はまさにあじさいだった。置かれた環境で振る舞いを器用に変え、他人からの厳しい視線や言葉にもじっと耐え忍んでいた。降りかかる雨に耐えるあじさいのように、淡々と。
僕は彼と何度か話す機会があった。といっても天気の話から始まり、趣味や好きなものなど無難な内容をお互いにぽつぽつと繋げる。道や廊下で顔をあわせれば、会釈を交わす。その程度の関係だった。
ある日の午後、僕はどこかの店に傘を置き忘れてしまったことに気づいた。帰ろうにも雨足は強まるばかり。どんよりした空を軒先で見上げ、雲が途切れることを願う。すると、軽く肩を叩かれた。
「傘、貸しますよ」
彼であった。 濃い青の傘を差し出して柔和な笑みを浮かべている。反射的に傘を受け取った僕ははっとし、借りても良いのか尋ねた。
「大丈夫ですよ。折り畳み傘があるので」
「ありがとうございます。明日、返します」
少し恐縮しつつ傘を開く。歩きかけた彼は足を止めて僕を見る。
「そうだ、一緒にお茶しませんか。雨の日限定のケーキを出すお店があるので」
普段、付き合いの悪い僕には珍しく彼の誘いに乗っていた。単に、ケーキに興味が引かれただけではないらしい。彼と心から話してみたいと、柄にもなく考えていたのだった。
雨の音で目が覚めた。僕は彼の腕の中にいる。 彼の言葉はあじさいの葉のようだ。一言でも飲み込めば、激しい恋の病に侵されてしまう。
彼は僕だけのあじさいだ。
(終)
創作「好き嫌い」
論理的な言葉で相手に好意を伝える表現が好き。
短絡化した思考で誰かを敵にまわす言動が嫌い。
あくまでも私個人の好き嫌いの基準です。
今後、変化することがあります。
「堅苦しいですよね。私は正確に情報を伝えることを優先して、つい、このような書き方になってしまうのです」
「できれば、文学らしい表現がしてみたいです。しかし、比喩や指示語を多用すると内容が伝わりづらくなるので最小限にとどめています」
A「みたいな文章が好きすぎてつらい」
B 「ふーん、説明書みたいな文章だねぇ。これのどこが好きなの」
A 「もう、全部、全部。で、ごくたまーにため口になるのが特に好き!」
B「なんか怒ってる感じがして怖いけど、大丈夫?」
A「そこは、自分の読解力を信じるしかないかな」
B「そっか必要なことしか書かれてないもんね」
(終)
「街」
忙しい人と疲れた人と騒がしい人……色んな人が行き交って、絶えず地下鉄の入り口の音が響き、雑多な看板や広告が並ぶ通りがあり、見上げるだけでぞわぞわする高さのビルが建っている。
ビルとビルの間に老舗が暖簾を掲げていて、神社やお寺がひっそりと昔の面影を守っている。
空白を嫌うように建造物がひしめき、夜を忘れようと街灯や窓が煌々としている。
田舎者である私には縁遠い暮らしの場だ。
「やりたいこと」
球体関節人形を手作りしたい。
人形に着せる服も合わせて作りたい。
箱庭を作って何も考えずに眺めたい。
大きいうさぎを撫でたい。
ジビエ料理を食べてみたい。
豆本を集めて飾りたい。
「朝日の温もり」
冷えた体をほどよく温めて
夜を越えられたことに感謝する。
朝日を温かいと思える日は
穏やかな幸せに満ちている。