ようこそ、我が探偵事務所へ
先に言っておこう、我輩は吸血鬼だ
ああ、恐れることはない
我輩は人間社会で堂々と暮らしているし、日々の食事は動物の血を吸っている
人を襲うことはない
人間が鶏肉や豚肉を食べるようなものだと思ってもらえば、わかりやすいと思う
ま、我輩に吸血されたとて、健康な人間は少量ならなんの問題もないし、大量に吸われるのが危ないのは、単純に大量だからだ
君が吸血鬼になるとか、変な病気になるとか、そういったことは一切ない
吸血鬼の体は無菌でウイルスも無く清潔だから、噛まれた際になにかに感染することもないのだ、実はな
そんな感じだから、安心してくれたまえ
さて、本題に入ろう
我輩は普通の吸血鬼にはない能力がある
紅の記憶というもので、血を吸った相手の記憶を読み取ることができるのだ
読み取れる記憶は、血を吸う相手がその時に思い出している記憶
我輩の能力自体は事前にある程度知っていたのだろう?
まさか我輩が吸血鬼で、血を吸うとは思わなかったと思うが
さて、君にとっては辛いかもしれないな
事件当時の現場を見た時のことを思い出さねばならないのだから
だがここへ来たということは、決心したということだね
さあ、心の準備はできたかね?
ではできるだけ強く、記憶を念じるのだ
少しチクっとするが、我慢してくれたまえよ
……
よし、頑張ったな
……うむ、視えた
では、これから調査を始めよう
叶わない夢の何たる多いことか
この世は儚いものですな
私の夢もたくさんあったのに、熱心に叶えようとしたものはひとっつも叶わなかったっすよ
なのに力を入れてない、正直叶おうがどうしようがどっちでもいいような2軍3軍の夢は容易く叶うのだからやってられんですよね
そして叶わずとも諦めきれないのが人間ってもんでね
もういっそ、すべての夢の断片だけでもかき集めて、ツギハギの夢を作って叶えてやろうと思ったわけですはい
たしかに叶えたかった夢とは違いますよ?
違いますけど、そうでもしないと悔しさでどうにかなっちゃいそうなマインドでしたよ
なので、これが新たな夢になったらいいな、なんて希望を無理やり見出しましてね
それで行動開始した、と
これがまた今までにない感覚でして
やたら面白くてしかたないんです
しかも、前進している感覚がわいてくるわいてくる
難題に直面しても、打破してやるっていうね、そういう意志も前より強まるし
明らかにすべてが違っていて、伝わるかわからないけど心が輝いてる、みたいな?
そんなふうに感じましたよ
で、何がなんでも叶えてやるって気持ちが強まり放題強まった結果、自分でも驚くくらいすんごいテキパキと課題を達成していきまして
ついには叶っちゃいましたよね
今でもわからないんですよ
あの時の私はなんだったのか
もしかしたら、叶わなかった夢たち全てが、私に力を貸してくれたのかもしれないですねえ
今度こそ夢を叶えろよってね
ロマンチックなこと言っちゃいましたよハハハ
まあ、そんななんで、私の夢の叶え方はなんの参考にもなりませんけれども、叶わぬ夢あれば叶う夢もある、ということで
まあ、でもたぶん、夢を叶えるのに確立された方法なんてものはひとつも無いってことなんじゃないっすか?
参考になるような、夢を叶えた方法なんてものは無いと思いますよ、私は
私には複数の未来が見える
選択によって変化する未来だ
しかし、なぜか見えない未来というものがある
選択肢は私の頭の中に提示されている
しかし、その先の未来は見えない
どうなるのか、全くわからないのだ
私はこれまで、安全な、もしくは希望通りの未来を選び生きてきた
そうすれば、絶望的な状況や不都合が起きることはないのだから
しかし、これを人生でずっと続けると退屈になってくる
安全と引き換えに刺激がないのだ
なぜなら、結果はわかりきっているから
なので、思い切って見えない未来へ進んでみることにした
怖さはもちろんある
他は見えるのにそれだけ見えない、という不気味さもあるし、そもそもどんな未来になるかわからないこと自体、見える未来を選んできた私にとっては恐れを生む
それでも、私はこのままではいけないという思いと、人生をもっと刺激的なものにしたいという願望が勝り、見えない未来へ続く選択肢を選んだ
さあ、どうなる?
その選択肢による変化はすぐに現れた
世界は、私のちょっとした行動をきっかけとして、凄まじい速度で科学技術が進歩し始めたのだ
たったの10年で現代社会はまるでSF世界のようになっていた
サイボーグなど、そのへんを普通に歩いている
健康寿命も平均150だし、老いる速度も遅くなるどころか、20代で肉体の変化がストップ
他の選択肢の未来では相変わらず現代社会だったにもかかわらず、この変わりよう
もしかしたら、と私はある考えがよぎった
この未来は、本来なら絶対起こさないような行動によって発生する隠しルートなのではないかと
そして気づく
私は未来が見えなくなっていた
きっと、隠しルートへ進んだ代償なのだろう
だが構わない
今の私は、刺激的な毎日を送れているのだから
先のわからない人生とは、これほど面白いものだったのだと知ることができた
私はそれで満足だ
ああ、吹き抜ける風が気持ちいい
しかし、そのせいで俺の気分は最悪だ
俺は元冒険者で、伝説の戦鬼と呼ばれた男
今は引退しちまってるが、腕は鈍っちゃいねえ
引退の理由は、危険な仕事を離れて気ままに過ごしたかったからだ
今は薬草などから薬なんかを作って売っている
かなり好評なんだぜ?
そんな俺だが、腕試しのため実力者がたまに自宅を訪れる
大抵は冒険者で、今の所全勝
戦ったあとは、アドバイスなんかをしてやったりして、喜ばれてるな
俺もせっかく鍛えた技を腐らせるのももったいないし、後進の役に立つなら面倒ってことはない
しかしなぁ
いくらなんでも、破壊の閃光アイシリウスが来るとは思わねえ
びっくりしたよ
なんせ奴は氷結の魔窟に棲む超強力なボスモンスターだからだ
ボスモンスターとは、討伐されてもしばらく期間をおくと復活する、その地の主
アイシリウスは比較的安全な、狼のようなモンスターで知能も高く、戯れに殺意ゼロで冒険者の相手をしては、自分に勝った者に毛皮を与えて死に、その後復活する、というのを繰り返している
「ただ、最近は冒険者が強くて、全然勝ててないんですよ
このままじゃ、ボスモンスターの威厳ってのが消え失せてしまいそうで……」
うちに来たアイシリウスはそう言って、俺に対人戦の稽古を依頼してきた
珍しい客だったが、俺がやることに変わりはねえ
「ちょうど、人以外とも一戦交えてみたかったし、いいぜ
相手してやる」
二つ返事で引き受けた
俺も、久々のボスモンスター相手で浮かれていたんだろうな
本来なら複数名で挑む相手であるアイシリウスはなかなか手強く、こりゃあ手は抜けねえな、なんて思いながら、強敵との戦いが楽しくなっちまった
結果、避けりゃいいのにアイシリウスの二つ名の由来であるアイスビームを真っ向から挑んで跳ね返し、逸れた先の自宅をぶち抜いて風穴が開いたわけだ
家具も、仕込んでいた薬も、作業場も何もかもが台無しだチクショー
アイシリウスは申し訳なさそうにしているが、これは完全に俺のやらかしなので気に病むことはない
「とりあえず、お前の戦い方についての話をしよう」
「あの、家の方はいいんですか?」
「よくはねえけど、今は現実から目を背けなきゃ発狂しそうでな」
「す、すいません」
「だからお前は悪くねえって
俺の自業自得さ
それより、さっきの戦いでお前の癖みたいなのがわかってな……」
俺はアドバイスしながらも、やはり家のことが頭から離れず、ショックを和らげるためにずっと、建て直す金はある、建て直す金はある、と自分に言い聞かせていた
アイシリウスを帰したあと、俺は吹き抜ける風を浴びながら、沈んだ心で取るべき行動を整理するのだった
最悪すぎるぜ、クソッタレ
調子に乗った代償が自宅破壊かよ
自分の思い出、知識、記憶
それらを燃やすことで明かりを灯す
それが記憶のランタン
私はそのランタンを持って、この長い道を進み続ける
私はなんといったか……
もう自分の名前も思い出せない
他にも、いろいろな記憶が燃やされているのだろうが、それすら忘れているようだ
楽しいこと、悲しいこと、嬉しかったこと、怒りを感じたこと
気持ちのいい思い出、苦しい思い出
忘れたかった記憶、いつまでも覚えていたかった記憶
いつの間にか覚えていた知識、頑張って覚えた知識
親しい者の顔、憎んだ相手の顔
すべてが燃えていき、ランタンを輝かせる
そして、そのランタンの灯を頼りに、私は進んでいくのだ
もう、多くの記憶は灰となったように思う
私は私を失ってゆく
これが、死者が再び生を受けるための代償
生まれ変わるために、生きていた頃に授かったすべての記憶をランタンの燃料にしなければならない
そうすることで、何も知らぬ赤子として再び生まれ落ちることができるのだ
記憶のランタンを片手に、私は歩み続ける
ひたすら歩み続ける
私は、なぜこんなところを歩いているのだろう?
ここはどこだろう?
しかし、歩かなければならない
なんのために?
わからないが、とにかく歩かなければならない
それだけはわかる
…………
……
…
ああ、とてもあかるい
もうあるかなくてよさそうだ
やっとついた
ながかった……