僕は感動できるタイプの歌が苦手だ
嫌いなわけじゃない
苦手なんだ
作者の祖父母との思い出とか、家族の温かい記憶とか、そういった内容の歌を聴かされると涙が止まらない
泣ける曲で泣かなかったことはないので、あまり聴きたくないのだ
なので、僕に好きな曲をオススメする時は、そういった歌は避けてほしい
そうだな、青春真っ盛りの爽快な歌とか、かっこいい系、ネタに走った歌とかをオススメしてくれれば、全力で楽しむと約束するよ
感動系はダメだ
ある日、友達が聴いてほしい曲があると言ってきた
内容が素晴らしいから、是非!とのことだ
そんなにいいなら聴いてみたい
しかし慎重な僕は、感動系じゃないだろうな、と警戒しながら友達に聞いた
友達は気持ちのいい笑顔で、ただのラブソングだよ、と答えた
それなら安心だ
正直、ラブソングとか、普段あまり聴かないけど、だからこそ聴いてみる価値がある
新しいものに挑戦してみるのも、いいだろう
その友達はアイドル好きだし、きっと好きなグループのキュンキュン系の歌なんじゃないかな?
さっそく、友人がスマホから再生する
ん?明らかにアイドルの曲じゃないな
始まって早々、曲調でとても嫌な予感がした
これはまさか……
これ以上聴くなという心と、最後まで聴けという心が戦い、後者が勝利した
続行決定
これは、離れ離れになる友人への感謝の気持ちを歌った曲だ
しかも、ものすごく感情を揺さぶってくるとてもいい歌詞だ
僕の心に特効のある曲じゃないか!
気づいたらボロ泣きしていた
ラブソングじゃなかったのか!
騙された!
曲が終わって泣きながら文句を言うと、友達は笑いながら、嘘は言ってない、などと言い放った
曰く、ラブソングは愛の歌、愛とは恋愛だけでなく、親子愛、兄弟愛、作品愛、そして友愛なども含まれる、ラブソングと呼んでも何も間違ってはいない、とのこと
屁理屈すぎる!
僕は重ねて文句を言おうとするも友達は、でも聴けてよかっただろ?と自信満々の様子
人を騙しておいてよくもぬけぬけと!
ああすごくよかったよ!
ここ最近聴いた中で一番いい歌だったよ!
一年前に行方不明になった親友から、手紙が来た
住所などは書いてない
直接投函されたのだろう
最初、誰かが酷いいたずらをしたのだと思ったが、とりあえず手紙を開くと、明らかに親友の筆跡で書かれていた
無事だったのか?
なんで今まで連絡をしてこなかった?
僕の自宅に手紙を投函したのに、なぜ僕に会いに来ない?
そんな考えが頭に次々浮かんだが、ともかく内容を読む
それは、到底信じられないような内容だった
『碧人、一年間なんの連絡もできずにすまない
みんな俺を心配し、悲しんでいることだろう
けど、俺は生きているから、その点は安心してくれ
俺は今、別の世界で旅をしている
その旅の途中に寄った神殿で、神様の一柱が俺の故郷の世界へ手紙を送れるっていうもんだから、お前を含む、家族や友人一同に手紙を書いたんだ
俺が異世界に来たのは、どうやら召喚でもなんでもなく、ただの自然現象だったらしい
呆然としている俺を、エルフの冒険者の人が助けてくれて、試しにギルドで能力を測ったら、魔法の才を持っていたそうでな
魔道士として、冒険者ライフを送ってるんだ
危険もあるけど、助けてくれたエルフや、ドワーフ、魔族と多種族パーティを組んで楽しくやってるよ
面白いことに、この世界には魔王とか勇者とか、そういう存在はいないんだ
比較的平和でな
俺たち冒険者は、危険な魔物を狩ったり、ダンジョンで希少価値のある植物や物質なんかを採取するのが仕事で、人同士の大きな争いなんてものはない
種族間の対立もない、いい世界だ
俺はこの世界で出会った仲間たちと、充実した生活を送ってる
碧人たちとバカみたいな話しをしたり、どこかへ遊びに行ったりできないのは寂しいけど、俺はここでも幸せだから、あまり悲しまないでくれると嬉しい
もし、また会えることがあったら、前みたいにバカ話で盛り上がろう
土産話なら尽きないほどあるからさ』
信じられないけど、僕は信じることにした
なぜなら、僕は親友を疑う気にはなれなかったからだ
親友は僕をこんな風に騙すような真似はしない
また会いたいとは思うけど、それは僕がどうにかできることじゃない
これから先も、異世界の親友が無事で楽しく過ごしてくれたら、僕も嬉しい
あいつが幸せなら、僕はそれでいいんだ
さあ、いつか会える日が来た時のために、僕の方でも、なにか面白い話を用意しておかないとな
そうして、またバカ話で盛り上がるんだ
距離が離れていても、わざわざ近くによってから、道行く人とすれ違う瞳
諸田 瞳は道を歩くと、積極的に対面の人へ近づき、すれ違う
落ち込んでいる時や、イライラしている時など、ストレスがかかっている時、彼女はすれ違いざまに、ほんの少しだけ相手の元気を吸収するのだ
もちろん、元気のある相手からしか吸収しない
そこはちゃんと配慮する
そして、これを繰り返すうち、彼女は前向きな思考を取り戻してゆける
しかし、瞳は元気をもらってばかりではない
彼女の能力は一方的に元気を吸収するだけではないのだ
逆に元気を与えることも可能である
相手の元気度が見える瞳は、自分のテンションが上りまくり、おかしなことをしそうになると、自分の元気を、強いストレスがかかっている他人へと譲渡する
ただ、他人へ譲って自分が落ち込むことがあれば本末転倒なので、瞳は譲渡する量の調整にはしっかりと気をつけており、何も問題は起こらない
自己犠牲の精神などは持っていないのだ
この能力は、パッとしないな、と本人は思っている
しかし、この能力のおかげで普段から快適な生活ができているのも確かだ
いい気分の相手から影響のない範囲とはいえ、元気を奪うような真似をしていることに関して、少し悪いな、と思いはするが、その代わり、気分が落ち込んでいる相手には自分の元気を与えているのだから、別に問題はないだろう、と考えて今日もすれ違いざまに元気をちょっとずつもらう瞳であった
スライムって聞いて、青い青い、綺麗で透き通った可愛らしいモンスターを想像してたらしいんですよ
でも実際見たら、あいつらやっぱりモンスターだ、と気づいてくれたようです
汚さを感じさせる変な青さと、可愛さとは程遠いドロッドロした不気味な見た目
触れたものをジュッという音とともに溶かすあの恐怖
ザコモンスター?
とんでもない!
物理攻撃は効かない
武器はダメにされる
仲間に魔法使い必須
一度捕らわれると、窒息しながらじわじわ溶かされる
決して一人では立ち向かってはいけない凶悪モンスター
それが奴らなわけです
勇者様の元の世界では、なんかマスコット的な姿で出てくる創作物があったらしいですけどね
この世界にはそんな生易しいスライムはいませんよ
転移したての勇者様には、まだスライムは早いので、ワイルドラビットあたりで実戦経験を積んでもらいます
……なんて考えてました
昨日までは
勇者様、元の世界でバリバリの軍人やってたらしいです
長い戦争中に転移したらしく、実戦経験は豊富
敵からは「死神」、味方からは「死に嫌われた男」と呼ばれるほどの強さだったそうです
そんな人が魔法まで使えるようになったらどうなるか
彼にとってスライムなんてザコでした
スライムの青い体が一瞬で弾け飛びました
初級冒険者の鬼門と呼ばれ、中級ですら苦戦必至のスライムを、一撃のもと葬ったわけです
汚らしく青い青いスライムは、汚らしく青い青い、ただの粘り気のある水たまりと化しました
私は恐怖を感じるとともに、彼なら魔王を倒せると確信しましたよ
私も仲間として付いていきますが、正直、もう彼一人でいいんじゃないかな、などと無責任なことを考えてしまっても誰も責められないんじゃないかと
これが勇者様の言っていた無双ってやつですか?
あれは小学生の頃
夏休みに親の実家へと遊びに行った僕は、行きの高速道路で隣の車の同い年くらいの子と睨み合ったり、お菓子を食べたりしながら、ラジオが流れる車内で退屈していた
それでも、祖父母に会うのは楽しみだったので、我慢するのはそこまで苦じゃない
時折、いい景色も見られたしね
二時間くらいかけて、ようやくたどり着いた時はワクワクが止まらなかったな
毎年二回は最低でも来るわけだけど、僕は毎回こんな感じでワクワクしていた
で、学校でのこととか、ハマってることとか、色々なことを祖父母や親戚と話しながら楽しく過ごしていたんだ
そんな中で両親と祖父母、他の親戚たちがたまたま用事が重なって、みんな出かけていってしまうことがあった
僕はどうせ来てもつまらないだろうからと、両親に留守を任されてね
別につまらなくてもよかったんだけど、僕が不機嫌になるかも、と思ったらしい
家に残ったのは、僕と高校生のはとこのお姉さん
会うのは初めてだったから、僕はちょっと緊張気味だったよ
お姉さんはちょっといたずらっぽく笑って、「内緒でちょっと二人で出かけようか」と言ってきた
僕は面白そうだったので、外へ連れて行ってもらうことにした
連れて行ってもらったのは、家から少し距離のあるおしゃれな喫茶店
前から行きたかったけど、ちょっとチャンスがなかったのだそう
ちょうどいいから僕のことも連れて行こうと思ったらしい
親以外と外食をするのが初めての僕は、ドキドキした
なんか悪いことをしているような、なんとも言えない気持ち
けれども嫌な感じではなかった
僕とお姉さんは同じ、ボリューミーなパフェを頼んだ
お姉さんと雑談しながらパフェを食べる時間は楽しかったよ
面白い話もたくさん聞かせてもらった
けど、食べ進めるにつれてだんだん甘さがきつくなってきて、それでも無理して完食した頃には、口の中が気持ち悪くなって、あれは苦しかったな
お姉さんは帰るまで終始心配してくれて、僕もなんか、悪いことしちゃったな、なんて気分になってね
本当に、アレは今でも気持ち悪くなりそうなくらい甘い思い出だったよ
ん?なんか不満そうだね?
甘い思い出って聞いたから、はとこのお姉さんに初恋をしたとか、そういう話だと思ったって?
いやいや、僕の初恋はそれよりちょっと早いよ
当時のクラスメイトの木村さんだよ
歳上の高校生に対しては、当時の僕は恋には落ちない感じだったな
いやでも、お姉さんは優しかったけどね
妹はいたけど、弟もほしかったらしいから、僕のことは可愛がってくれたよ
今でもたまに連絡取ってるんだ
まぁ、仮に期待されてるような甘い思い出があっても、絶対に誰かに話したりせず、自分の心の中にとどめておくけどね