あれは小学生の頃
夏休みに親の実家へと遊びに行った僕は、行きの高速道路で隣の車の同い年くらいの子と睨み合ったり、お菓子を食べたりしながら、ラジオが流れる車内で退屈していた
それでも、祖父母に会うのは楽しみだったので、我慢するのはそこまで苦じゃない
時折、いい景色も見られたしね
二時間くらいかけて、ようやくたどり着いた時はワクワクが止まらなかったな
毎年二回は最低でも来るわけだけど、僕は毎回こんな感じでワクワクしていた
で、学校でのこととか、ハマってることとか、色々なことを祖父母や親戚と話しながら楽しく過ごしていたんだ
そんな中で両親と祖父母、他の親戚たちがたまたま用事が重なって、みんな出かけていってしまうことがあった
僕はどうせ来てもつまらないだろうからと、両親に留守を任されてね
別につまらなくてもよかったんだけど、僕が不機嫌になるかも、と思ったらしい
家に残ったのは、僕と高校生のはとこのお姉さん
会うのは初めてだったから、僕はちょっと緊張気味だったよ
お姉さんはちょっといたずらっぽく笑って、「内緒でちょっと二人で出かけようか」と言ってきた
僕は面白そうだったので、外へ連れて行ってもらうことにした
連れて行ってもらったのは、家から少し距離のあるおしゃれな喫茶店
前から行きたかったけど、ちょっとチャンスがなかったのだそう
ちょうどいいから僕のことも連れて行こうと思ったらしい
親以外と外食をするのが初めての僕は、ドキドキした
なんか悪いことをしているような、なんとも言えない気持ち
けれども嫌な感じではなかった
僕とお姉さんは同じ、ボリューミーなパフェを頼んだ
お姉さんと雑談しながらパフェを食べる時間は楽しかったよ
面白い話もたくさん聞かせてもらった
けど、食べ進めるにつれてだんだん甘さがきつくなってきて、それでも無理して完食した頃には、口の中が気持ち悪くなって、あれは苦しかったな
お姉さんは帰るまで終始心配してくれて、僕もなんか、悪いことしちゃったな、なんて気分になってね
本当に、アレは今でも気持ち悪くなりそうなくらい甘い思い出だったよ
ん?なんか不満そうだね?
甘い思い出って聞いたから、はとこのお姉さんに初恋をしたとか、そういう話だと思ったって?
いやいや、僕の初恋はそれよりちょっと早いよ
当時のクラスメイトの木村さんだよ
歳上の高校生に対しては、当時の僕は恋には落ちない感じだったな
いやでも、お姉さんは優しかったけどね
妹はいたけど、弟もほしかったらしいから、僕のことは可愛がってくれたよ
今でもたまに連絡取ってるんだ
まぁ、仮に期待されてるような甘い思い出があっても、絶対に誰かに話したりせず、自分の心の中にとどめておくけどね
私は風の巫女
先代から役目を受け継いで、風からこの世の様々な事象を感じ取り、伝えている
先代は色々なことを私に教えてくれて、私もそれが楽しかったんだけど、ひとつだけ不満が
教える時の言い回しが、ちょっと嫌だ
風と対話するのです
なんて言われてもね
人じゃないから、対話なんてできないよね
つまり風の動きを見ろっていうのを、対話っていうふうに例えてるんだろうけど
先代も言うことが回りくどいな
風をうまいこと観測しなさいって言えばいいじゃん
他にも風と心を重ねてとか
風と絆を結んでとか
あんまり気取った感じで教えられるの、好きじゃないから勘弁して欲しかった
……なんて言ってると、未熟で生意気なやつが反発してるだけで、いつか失敗してその時初めて先代の言ってることがわかる……みたいな展開になると思うじゃん?
ならないから
残念ながら絶対にないから
先代から役割引き継いで何年経つと思う?
300年よ、300年
先代なんて教えることなさすぎて280年前から暇そうだよ
むしろ、私は新しく風から情報を詳しく観測する方法を発明して、300年前より確実に色々なことがわかるようになったからね
むしろ先代にその方法を教えたし
調子に乗ってるつもりはないけど、私は歴代の中でも実力トップクラスなんだよ
ま、実は最近、なんで対話とか言ってたのか、わかってはきたけどね
普通の巫女候補は対話とか、絆を結ぶとか、擬人化したほうが、感覚を掴みやすいらしくてね
ただ、私は天才だった
例えとか関係なく、即座に感覚を掴み、能力を使いこなすことに成功した
あとは勉強と、能力の研鑽を続ければいいってだけ
天才の私はそのあたりもつまづかなかったから、継承は楽勝だったね、アッハッハ!
しかし、ここで問題発生!
天才ゆえの苦悩!
次期巫女が私の教え方では全く理解してくれない!
私も何故理解できないのか理解できない!
なにせつまづいたりした経験がないから!
風と対話するのです
とか口が裂けても言えない
言いたくないんじゃなくて、対話とかの感覚がわからないから、下手に言えない
わたしはさじを投げた
ここは先代に任せよう
たぶん、教えるのは先代のほうが上手い
その後、暇してた先代はやる気をたぎらせ、久しぶりに心の底から楽しそうにしていた
一件落着、継承はなんの問題もなく行われるはず
さて、あと数年で私もお役御免だけど、私が次の子に教える必要はないから、継承までは役目に集中できるな
ん?
教える必要がない?
ちょっと待って
継承後は本来、私がしばらく次の子の補助をやることになるわけだけど、私は天才なせいで教えられないから、私の先代が補助するわけじゃん
ということは、私やることないな
げっ、これから退屈な日々が始まる!?
それはまずい!
ちょっと、神殿の人たちに趣味とか聞いて参考にして、なんかやること増やさないと!
暇そうだった先代のようにはなりたくない!
そうと決まれば仕事の後に聞いて回るぞ!
わしの栄光への軌跡を聞かせてやろう!
ハッハッハ、退屈そうだって?
そう言わんでくれ
暇なわしを楽しませると思って、な?
自慢話が鬱陶しいのはわかるが、頼む!
……さて、まずはアレだ
わしは幼い頃、病気がちで、まともに学校へ行けてなかった
非常に寂しかったね
友達と校庭で走り回るとか、憧れたよ
だが幸い、成長するにつれて体は丈夫になっていったんだ
中学に上がる頃には、人並みの健康を手に入れた
まあただ、それでめでたしめでたし、とはならなかったんだ
勉強をする機会が限られてたからなぁ
当たり前だが、わしは全然授業についていけなくてね
それはもう、将来のために死に物狂いで自習をしたわけだ
最初の一年くらいはつらかったよ
遅れを取り戻すために、遊びを捨ててしまったんでね
周りの同級生からも、勉強にしか興味ないやつだと勘違いされてしまって、敬遠されてな
友達はできなかったんだ
中学卒業後は、高校へ行ったんだがな、そこではわしもそれなりに楽しくやれた
わしはな
高校が合わずに去っていったり、馴染めずに独りだった生徒が何人かいた
かつての自分を見ているようで悲しかったよ、アレは
わしはなんとかしたかったが、その時は勇気もなければ、いい案も浮かばなかったんだ
その時の無力感はずっと残ったな
しかし、そこで残念だなと思ったままで終わるわしではなかったのだよ
卒業後、今までの人生経験を踏まえて、やりたいことができたわしは、また猛勉強した
そして、学校で勉強をする機会がなかったり、学校が合わず、通えない子供たちの居場所を作るための団体を作った
病気なんかで学校へ行かれない子には、勉強や遊びの機会を
学校に通えない子には、代わりとなる場を
それぞれ作り出した
ま、そうそう上手くいくもんじゃないが
最初は非難されたり怪しまれたりしたもんだ
それでも必ず必要とする人はいると信じてたね、わしは
そして、わしの読みは当たった
利用してくれる子達は段々と増えていったんだよ
キラキラしてる子達を見て、わしも青春してる気分よ
まぁ、そんな感じで今に至る、と
途中途中でもまだまだ色んな苦労とかあったけど、この辺にしとこうか
おっと、わしの話から何か学び取ろうとか、そんな事は考えんでいいからな
ここまで頑張ってやったぞ!なんていう自慢話がしたかっただけだからな
ほんと、最近だぁれも褒めてくれんのだよ
わしは相当に頑張ってるんだがね
ってわけで、褒めてくれ
んで、わしのすごさを言いふらしてくれ
わし、すごくないか?
おっと、自慢しすぎると自分の言葉の価値が下がる
なにはともあれ、今日はわしのくだらん自慢に付き合ってくれてありがとな
私は自分を好きになれない
かといって嫌いにもなれない
いや、なれないなんて言い方だと、どちらかになりたがっているみたいだ
ハッキリ言って、私は自分に興味がない
自分のことをどうでもよく感じる
ただ、他人が喜んだり、楽しんでいる姿を見るのは好きだ
私は私自身に価値を見いだせないけど、私から見た他人はとても尊い存在に感じる
誇張でもかっこつけでもなく、断言できる
たぶん、私は見ず知らずの相手のために、命だって捨てられるはず
いつからだろう、自分に降りかかった不幸で泣かなくなったのは
いつからだろう、自分に与えられた幸運で笑わなくなったのは
思い出せないけど、別に思い出す必要もない
たぶん、自然とそうなっていたのだろう
ただ、そのことで周りを悲しませたりするのは本意ではない
だから、私は周囲の人のために、自分事で喜ぶフリや、悲しむフリをするようになった
実際は感情なんて動いてないけど
私の感情が動くのは、いつも他人に何かが起きた時だけ
喜びも悲しみも、客観的だ
これからもずっと
そう思っていた
友達が遠くへ引っ越すことになったらしい
その友達は、どんな些細なことでも喜んで、よく笑って、よく泣く子で、見ていて楽しい
向こうは私のことを親友だと思っている、と思う
私も、感情豊かなその子を見るのが好きだった
寂しくなるね、と残念そうに言う彼女を見て、心に痛みが走った
悲しそうな顔をしていたから?
違う
そういう痛みじゃない
初めて感じる、もっと中から出てくる痛みだ
困惑しながら、感情の正体に気づいて、さらに困惑する
嫌だ
離れたくない
もっと一緒に遊びたい
色々な話をしていたい
いなくなるなんて寂しい
自分の中で、自分本位な望みが溢れるのを感じた
これまでの人生で一番驚いたと思う
こんな感情が、私から出て来るとは予想外だった
私は、自分を好きになれない、嫌いになれない
前までは確かにそうだった
けど、今わかった
友達と過ごすうち、私は自分事で喜べるようになっていたし、悲しめるようにもなっていた
友達のおかげで、自分のための欲が出てきたのだ
自分のために何かをしたい
それは、自分のことが好きということ
私は、私のことがどうでもよくなくなっている
泣く私を見て、友達は微笑んだ
やっと自分のために悲しめたね、と
自分に興味がないことに気づかれていたようだ
たまに会いに来るから、その時は自分のために喜ぶのも忘れずに、と加えられた
それから、私は自分のことを大切にするようになった
他人のためになんでもできるような人ではなくなったけど、自分を捨てて他人のためだけに動けるほうがおかしいのだ
自分も他人も、大切にする
今の私ならそれができる
それが、本来あるべき姿なんだと思う
夜が明けた
あと少しで捕まえられそうだったんだけどな
残念だけど、霊界へ帰らないといけない
僕は幽霊
夜な夜なターゲットを見繕っては、追いかけ回す
僕に捕まったら、相手は霊界へと連れてかれ、仲間の幽霊に散々脅かされたあと、人間界へ帰されるのだ
悪趣味だろう?
僕は悪趣味なことが大好きなので、毎晩そんなことをやって遊んでいる
ただ、最近は成績が振るわない
ここのところ、ターゲットにした人たちはみんな、うまく夜明けまで逃げ切ってしまう
僕の噂が広まりすぎたのかな?
まさか、攻略法が知れ渡っていたりして
……このままではマズい!
ここらで誰か捕まえて、僕の実力を見せつけてやらないと!
夜明けまで二時間
よさそうなターゲットを見つけた
バイクで走ってるなら、僕の実力を示すのにちょうどいい
追跡開始
追跡直前、バイクの人が別の通行人になにかしていた気がするけど、まあどうでもいいや
バイクの人は僕に気がつくと慌てた様子で速度を上げた
相手はバイクだし、事故になっても困るから、僕の力で人払いしておこう
こうして、追走劇が幕を開けた
で、結果を言うと、捕縛は成功
気合を入れて臨んだわけだけれど、案外30分くらいであっさりと捕まえられて、散々仲間たちと霊界で怖がらせた
バイクの人は「もう二度としません!」とかよくわからないことを言っていた
どういう意味?
次の日、ターゲットを探していると、近づいてくる人がいた
なんだなんだ?
誰かから近づかるるのは初めてだぞ
なにかと思ったら、その人は唐突にお礼を言ってきた
話によると、昨日のバイクの人はひったくり犯で、この人のバッグを奪ったらしい
僕が捕まえた所が、ちょうど元のひったくり現場だったらしく、警察とこの人がいる目の前だったそうだ
そしてしばらくして霊界から戻り、憔悴しきったバイクの人は、御用となったという
あの時のもう二度としませんって、そういう意味だったのか
僕に罰を与えられたと思ったんだろう
気まぐれで僕は、昨日ひったくられたその人を家まで送った
あのバッグの中には、子供の誕生日プレゼントも入っていたらしく、道中も感謝されっぱなしだった
時間も経ってしまったし、今日のところは追いかけるのは中止にしよう
余った時間、適当に散歩したあと、いつも通り夜が明けたことで、僕は霊界へ帰ることとなった
追いかけ回せなかったのは残念だけど、たまにはこういうのもいいかな?