旅の仲間は僕含め四人である
勇者の僕と、魔法使い、シーフ、僧侶
僕達は王様から魔王を倒せと言われたわけだが、四人である
王国からは領地防衛のため騎士団は動かせないらしい
そして魔王が率いるのは軍
人より身体能力の高い魔物の軍
もう一度言うが、仲間は僕含め四人である
四人である
四人の人間が人より身体能力の高い魔物の軍と魔王に挑むのである
ところで、勇者は勇気ある者の中で、聖剣に選ばれし戦士が授かる称号だ
勇者の勇は勇気の勇であって、蛮勇ではないところが重要だ
つまり、僕は勝ち目のない戦いに挑むべきではない
そこで思い出してほしい
仲間は四人
これ以上は謎のパワーで増えないらしい
謎のパワーとはいったい……
で、相手は人より身体能力の高い魔物の軍
ちなみに、軍というのは超簡単に言うと、ものすごい数の兵士で構成されている組織である
何度もしつこく言ってしまって申し訳ないけど、つまり、王様は四人の仲間でものすごい数の兵士を倒して魔王も討ち取ることをお望みなのだ
僕はここまで付き合わせた仲間の顔を見ることができない
王様から話を聞いた仲間たちがどういう顔をしているか、想像がつくからだ
というか、たぶん僕と同じ顔をしている
王様は真面目で厳かな顔をしている
その真意は僕には見抜けない
話は変わるが、僕は自分の身は大事だが、仲間のことも同じくらい大事だ
とてもじゃないけど、敗色で塗り潰された戦いに仲間を連れて行く気にはなれない
だからどうというわけではないけど、目の前の厳かな王様は僕達四人に魔王軍と戦えと仰せだ
さて、僕はなんだか仲間と一緒に消化すべき急用を思い出した気がするので、王様には悪いけど、ちょっとこのくらいで失礼させてもらおうかな
手を差し出してきた
手を繋いでってこと?
え?繋ぐの?
いや、まだあまり心の準備ができてないんだけど
ものすごく恥ずかしいんだけど
でも繋ぐよね
普通繋ぐよね
むしろ繋がないでどうするって話だよね
じゃあもう繋ぐ!
あー、ちょっと手が震えてるかも
ちょっと落ち着いてからにする?
けどあんまり時間かけると気を使わせるよね
よおし、やるぞ
繋いじゃうぞー!
あっヤバい、あったかい
絶対今顔真っ赤でしょ
体がやけに熱いし
だけどなんだろうね、嬉しい感じがする
ありがとう、ごめんね
この二つの言葉は、場合によって使い分けが非常に難しい
感謝したい時はありがとう
謝罪したい時はごめんね
感謝か謝罪か、はっきりとしているなら、簡単なのだ
ただ、どちらとも言える、両方の要素が含まれるケースは難しい
相手に面倒であろうことをしてもらった時など、ありがとうと言うべきか、ごめんねと言うべきか
複雑なのは、こういう時のごめんねは実は謝罪ではないのではないか、という話で、謝罪の言葉を口にしているが、どちらかというと感謝の気持ちをメインに出しているし、相手もそう捉えるのではないかと思う
ただ、その中に少しだけ謝罪の気持ちを忍ばせておきたい、という意味でのごめんねだろう
ありがとうで終わらせるには、少し悪いと思う時、謝罪の言葉で感謝するのかもしれない
そう考えると、感謝と謝罪を同時に伝えられる、わりと便利な言葉ではないか?
しかし、謝罪の言葉というのは、相手に対し悪いことをしてしまった、という前提なので、あまり多用するのも良くない気もし、素直にありがとうと感謝の言葉を贈るのがいいことも多い感じもする
やはり使い分けはその時の状況や、自分の気持ちによっても変わってくると思うので、結局はっきりとは決められず、難しいという結論になりそうだ
それはともかく、感謝にしろ謝罪にしろ、相手にそういった言葉を伝えることは、とてもいいことだとは思う
部屋の片隅を凝視する
あれと戦えというのか
正直、今すぐにでも逃げたいが、ここは自宅
なので逃げ場はどこにもない
音もなく現れ、気づいたらそこにいた
名前を言ってはいけないあの虫だ
三億年ほど前の古生代石炭紀に現れたと思われていたが、後の研究でそれより後の二億年ほど前、古生代ペルム紀に爆誕したと判明したらしい生きた化石
動物界節足動物門昆虫綱例のあの虫目
食器を噛ったことがその名の由来
スズメバチのような差し迫った危険性はないが、家に存在するだけで住人の心の安寧を脅かすもの
様々な害があるらしいものの、やはりあの巨体で室内に存在することが、嫌われる最大の要因だろう
そいつが今、部屋の片隅にいる
どうする?殺虫剤を発射するか?
一応あるが後始末はどうすればいい?
トイレットペーパー越しでも触りたくないんだが
そもそもこいつに殺虫剤なんて効くのか?
掃除機で吸い込むか?
それなら大丈夫だが、まだたいして使ってもいない中の袋は捨てるようだぞ
もったいない
他に何か方法はないか?
しかし思いつくまで放置しておくのも落ち着かない
掃除機か
もったいないが掃除機しかないか
そこにいろよ、すぐに吸って、袋を閉めてやるからな
絶対に動き回ったり、飛んだり、隠れたりするなよ
ああ、自宅での予定が狂いそうだ
リラックスタイムに入ろうとしていたのに
世界が逆さまになった
空は底なしの地面になり
地面は世界を覆い尽くす天井と化す
見慣れたはずの景色が
今はまるで異世界のよう
それもそのはずだ
壮大そうなことを言っているが
実際のところ
世界が逆さまになっているのではなく
私が逆さまになっているのだ
早い話が逆立ちをしている
頭に血が昇るのでもう体勢を戻すが
たまに逆立ちして世界を見ると
なかなか新鮮で面白いものだ
またやってみよう
しかし逆立ちする時は
安全には気をつけなければ