【夢が醒める前に】
彼はどちらかというとチャラチャラしたタイプだ。
歌舞伎役者の息子として生まれた宿命を分かってるのかいないのか、周りの大人達には勿論、父にも呆れられていた。
「どうせ顔目的だろ」
そう、彼のルックスは良い方で『歌舞伎界のプリンス』と呼ばれるほどだ。
それもあってか、自分の演技をちゃんと見てもらえない、評価されないと思うようになってしまった。
「稽古行きたくねぇな」
空を見上げる彼は母を思い浮かべる。
病で倒れた母よりも歌舞伎を優先した父のせいで、今の自分が居るのだと歯を食いしばった。
彼の夢が完璧に醒める前に、誰か救ってほしいと母である私は想う。
【胸が高鳴る】
“タイムスリップ”
それは所詮、物語の中のものだと思っていた。
今居る場所が戦国時代なのだと気づくまでは。
「さっさと歩け!」
2人の兵に挟まれ、歩くことを強要されながら、どう言い訳をしようかと考える。
まさか令和から来たただのシェフだなんて言えるわけがない。
「信長様、怪しげな奴を引っ捕らえました!」
…信長?
俯いていた顔を上げると、目の前で座っていたのは威圧的な雰囲気を醸し出す男。
冷徹な瞳が俺の事を見る。
この人が、あの織田信長?
ごくりと唾を飲み込む。
さっきまでの恐怖心はどこへ行ったのか、俺の胸は高鳴っていた。
【不条理】
この世にはどうしても不条理な出来事が起こる。
刑事である姉ちゃんの話を聞いてると、そう感じる事があるのだ。
その不条理から少しでも人を救いたい。
そう思い、俺は精神科医になる決意をした。
「昇、ちょっと聞いてよ!」
おっと、また姉ちゃんの愚痴タイムが始まるようだ。
やれやれとエビフライを1口食べた。
【泣かないよ】
「そういう所ほんとあの人そっくり」
冷たい眼差しを向けられる。
母さんに言われた言葉が、鉛の様に心の中へ沈んでいく。
あぁ、また嫌われる事をしてしまったんだ。
どうすれば笑ってくれる?
昔みたいに抱きしめてくれる?
優しい声で名前を呼んでくれる?
泣いたら駄目だ。
泣いたら母さんを困らせるだけだ。
ぎりりと奥歯を噛み締めた。
【怖がり】
彼は父親と教師への反抗心から髪を金に染め、制服を崩して着ている。
いわゆる不良と呼ばれていた。
売られたケンカは買い、殴り殴られを繰り返す日々だが彼の鬱憤は晴れず。
それところがイライラは増えていく。
警戒心の強い野良猫の様に、彼は人を信用出来ずにいる。
強がってる瞳の奥に臆病な自分が居ることに気づきたくないのか、今日もまた彼は荒れた道を選んでしまうのだ。