秋茜

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2/13/2024, 2:34:09 PM

“待ってて”

「旅に出ようと思う」
「はあ」

 親友は、いつもと同じテンションで突拍子もないことを言い出した。本当になんの脈絡もなく──とはいえ、そこまで驚くことでもないか。
 思えば昔からフリーダムな奴だった。授業を受けるのも部活に出るのも気分次第。無事二人揃って進級できたことを、何度祝ったことか。それを思えば、こうして前もって報告してくるだけ成長すら感じられる。

「長くなるのか?」
「わからん」
「どこに行くんだ?」
「決めとらん」

 大真面目な顔で情報量がまるで無い言葉を繰り返すので、笑ってしまった。計画性は皆無らしい。そんなところも彼らしい。

「連絡は、する」
「今でさえ未読スルー常習犯のお前が?」
「うっ」
「できるんか?」
「……頑張る」
「無理すんなって」

 ますます可笑しくてくつくつと肩を揺らす。向かいから拗ねたような雰囲気を感じたが、愉快なので仕方がない。

「俺も一緒に行くって言ったら?」
「えっ」
「冗談だ」
「……」

 慌てた態度にすぐさま言を翻せば、更に機嫌を損ねたように黙り込む。それはちょっと……とは言いづらいだろうから冗談にしてやったのに。手のかかる奴め。

「帰ってきたら、な。一緒にどっか行ってもいいぞ」

 別に果たされなくても構わない、その場のノリで言っただけの口約束。それなのに、やけに真剣な顔で、食い気味に「行く」と言うので読めない。
 出会った頃から変わらない、わかりやすいのによくわからなくて、面白い。

「絶対、行く」
「ふーん。じゃあ、待っててやるよ」
「……」
「なんだよ、不満か?」
「お前が、言いたいこと先に言うから」
「?」

 不可思議な言葉に首を傾げれば、睨みつけるようにこちらを見据えて。

「待ってて」

 必ず、帰ってくる。

「……フ」
「なぜ笑う」
「戦地にでも行くつもりなのか?」

 そんな怖い顔して。
 指摘すれば「む……」と己の顔を触って確認している。変なところで素直なのだ。

「心配してねえよ」

 彼とは対照的な表情──笑顔になるように意識してカラリと言ってみせた。寂しい気持ちも、全くないわけではないけれど。でも、やりたいことがあるなら背中を押してやりたいじゃないか。親友なんだから。

「……ありがと」

 険しい顔のまま、ぼそりと呟くように告げた彼は、それでもやっぱり俺の顔をじっと見つめて。

「なに」

 思わず眉を顰めると、もう一度「待ってて」と口にする。「お前、俺のこと忘れそうで不安」などというなんとも失礼な言葉付きで。

「ならさっさと帰ってこい」
「そうする」

 思いのほかあっけらかんとした返答にまた笑えば、今度はつられたように彼も笑った。

2/13/2024, 12:08:44 PM

“伝えたい”


「行かないで」

 今しかない、と思った。立ち去ろうとするその袖を半ば反射のように掴まえる。
 自分の意地っ張りな性格と、優しいのか無関心なのか、なんでもかんでも受け入れてしまう彼によって。ひねくれにひねくれて、とうの昔に忘れてしまった素直な態度。何を言っても柔らかな笑顔で「いいよ」と返されるものだから、自分ばかりが必死な気がして、「嫌だ」という言葉を引き出そうと躍起になった。結局、何を言っても彼は変わらず笑顔で受け入れるだけだったのだけれど。

「もうやめよっか」

 そんな決定的な言葉を投げつけた瞬間でさえ。
 簡単に別れを受け入れられるほど、最初から私に興味なんてなかったんだ、とか。けれど、それならどうして、好きでもない私とずっと一緒にいてわがままを聞いてくれたんだろう、とか。
 傷つきと戸惑いと、なんだかどうしようもないくらいに様々な感情が渦巻いて。最終的に口をついた言葉は、冒頭のソレだった。

 行かないで。まだ一緒に居たい、と。

 パチリ、とひとつ瞬いた彼はいつものように朗らかに笑って頷いた。

「いいよ」
「……ぎゅってして」
「うん」

 抱きしめて、ぽんぽんと私の頭を撫でる。その手は確かに温かくて、そばにいると思うのに。心だけがいつからか、ずっと遠い。

「なんかないの?」
「なんかって?」
「私に、言いたいこととか」

 自分でも勝手だってわかってる。不満とかいっぱいあるんじゃない?

 今なら聞いてあげてもいいよ、なんてこの期に及んで素直になれない自分に嫌気がさす。だからこうなってしまったのかもなんて後悔してもどうしようもない。

「言いたいこと……」

 オウム返しに口にした言葉が困ったように途切れるのに耳を塞ぎたくなる。だって、こんな状況に至っても何も思ってもらえないなら、本当に惨めだ。

「伝えたいことならたくさんあるんだ」
「……え?」

 想定とは違う答えに顔を上げる。穏やかな、いつも通りの表情をしていると思っていた彼は、意外にもその面差しに緊張の気配を纏っていた。

「照れくさいけど──大好きだし、何より大切だって思ってる。それが行動から伝わればいいなって」

 俺は、言葉にするのが下手だから。ため息を吐くみたいに紡がれた台詞は思いもよらぬものだった。

「だから、なんでも“いいよ”って言うようにしてたんだけど。うまく伝わらなかったみたいだ」

 このやり方は良くなかった。ごめんね。と背中に触れる手に力が入る。一方、こちらの肩の力の抜け具合といったら。

「わかるか、バカ……!」

 不器用にも程がある。人の感情を理解できないロボットでもあるまいに。

「泣かないで」
「ッ! 泣いてないし」
「……別れる?」
「別れない!」

 あーあ。バカみたいだ、二人して。
 伝えたい気持ちは言葉にしないとわからないのに。

「……私も、大好きなんだから」