秋茜

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“待ってて”

「旅に出ようと思う」
「はあ」

 親友は、いつもと同じテンションで突拍子もないことを言い出した。本当になんの脈絡もなく──とはいえ、そこまで驚くことでもないか。
 思えば昔からフリーダムな奴だった。授業を受けるのも部活に出るのも気分次第。無事二人揃って進級できたことを、何度祝ったことか。それを思えば、こうして前もって報告してくるだけ成長すら感じられる。

「長くなるのか?」
「わからん」
「どこに行くんだ?」
「決めとらん」

 大真面目な顔で情報量がまるで無い言葉を繰り返すので、笑ってしまった。計画性は皆無らしい。そんなところも彼らしい。

「連絡は、する」
「今でさえ未読スルー常習犯のお前が?」
「うっ」
「できるんか?」
「……頑張る」
「無理すんなって」

 ますます可笑しくてくつくつと肩を揺らす。向かいから拗ねたような雰囲気を感じたが、愉快なので仕方がない。

「俺も一緒に行くって言ったら?」
「えっ」
「冗談だ」
「……」

 慌てた態度にすぐさま言を翻せば、更に機嫌を損ねたように黙り込む。それはちょっと……とは言いづらいだろうから冗談にしてやったのに。手のかかる奴め。

「帰ってきたら、な。一緒にどっか行ってもいいぞ」

 別に果たされなくても構わない、その場のノリで言っただけの口約束。それなのに、やけに真剣な顔で、食い気味に「行く」と言うので読めない。
 出会った頃から変わらない、わかりやすいのによくわからなくて、面白い。

「絶対、行く」
「ふーん。じゃあ、待っててやるよ」
「……」
「なんだよ、不満か?」
「お前が、言いたいこと先に言うから」
「?」

 不可思議な言葉に首を傾げれば、睨みつけるようにこちらを見据えて。

「待ってて」

 必ず、帰ってくる。

「……フ」
「なぜ笑う」
「戦地にでも行くつもりなのか?」

 そんな怖い顔して。
 指摘すれば「む……」と己の顔を触って確認している。変なところで素直なのだ。

「心配してねえよ」

 彼とは対照的な表情──笑顔になるように意識してカラリと言ってみせた。寂しい気持ちも、全くないわけではないけれど。でも、やりたいことがあるなら背中を押してやりたいじゃないか。親友なんだから。

「……ありがと」

 険しい顔のまま、ぼそりと呟くように告げた彼は、それでもやっぱり俺の顔をじっと見つめて。

「なに」

 思わず眉を顰めると、もう一度「待ってて」と口にする。「お前、俺のこと忘れそうで不安」などというなんとも失礼な言葉付きで。

「ならさっさと帰ってこい」
「そうする」

 思いのほかあっけらかんとした返答にまた笑えば、今度はつられたように彼も笑った。

2/13/2024, 2:34:09 PM