帽子でも持ってくるべきだったかな。そう後悔するほどに今日は異常なまでに暑い。だけど夏特有の不快さは感じない。自転車で感じる風のおかげなのかもしれない。
「おっと。あっぶねぇ。」
「うおっ。」
車体が揺れる。
危うく落ちるところだった。
「もっと安全運転してよ。」
僕は目の前の運転手に言う。
「ちゃんと掴まっときゃ大丈夫だって。今のはたまたまタイヤが石に乗っちゃっただけだよ。それともなんだ、2人乗りは源平君には早かったかな?」
「……。」
顔は見えないが腹立たしい表情をしているのがわかる。それに反抗するように僕はわざと体を揺らしてみた。
奴は不意を突かれてうぇっ、とか情けない声を出した。あまりの間抜け声に笑ってしまう。
「お客さん。あんまり運転の邪魔するんであれば降りてもらいますよ。こっちも商売でやってますんでねぇ。」
「それは大変ですね。いいですよ降りても。別に僕行きたいとことかないし。運転手さんがいきなり家に来て乗れってウッキウキで言ってきたもんですから、仕方なく乗ってるだけですよ。ここら辺で降ろしてもらっていいですか?歩いて帰れますので。」
「はぁ。」
わかりやすくため息をつかれる。
「お客さん。今日何日ぶりに家出たんですか。夏休みになってから、一度も家でてないですって。お母さん愚痴こぼしてましたよ。ゲンにはお友達いないのかしらって心配までさせて。親不孝者ですね。」
「いや。一度も出てないは嘘ですよ。夏休み入ってから買い物行ってきてだの、回覧板持っていってだの、こき使われっぱなしですからね僕。それに予定がないから家にいるのは当たり前でしょ?」
「その予定がないからお母さん心配してんじゃ」
「なんか言った???」
「なんでもないです。」
「まぁどうせ暇してたでしょ源平。いいじゃん1日くらいつきあってよ。すっげーところ見つけたから。」
「そうだよ。僕たちどこ向かってんの。」
「それは着いてからのお楽しみってことで。そこの道曲がって登ればすぐだぞ。」
そういうと自転車のスピードが上がる。もともと2人乗りにしては速かったのに、まだ体力あるのかと少し尊敬する。細道を曲がると先は急な坂だった。ここからは歩くらしい。勾配を一歩一歩感じながら歩いていると前の男と差が開いていた。男は涼しい顔で走っていた。
「おーい!!源平はやくー!!」
返事をする余裕がない。数日とて怠惰な生活を送ってしまったつけがここでくるとは。立ち止まって休憩しようとしたらいきなり左手を引っ張られ、無理やり走らされる。肺がやめてと言っている。相手はお構いなしにぐんぐんと加速する。
「着いたぞ!!!!」
「はぁ、はぁぁ、はぁ」
やっと着いたらしい。身体中から汗が出るのを感じる。額の汗を拭って顔を上げると目の前には終わりが見えない花畑が広がっていた。
「めっちゃ綺麗じゃないか!!?」
「お、おぉ、そうだね。」
「なんだよー反応わりー」
「いや、綺麗だよ。ほんとに。」
「だろー!?俺最近花にハマってるって言ってたじゃん?ここらへんでどっか花植えられてるとこないかなーって夏休み入って散策してたらなんと!見つけちゃったんだよねー!」
「どれがどんな花かわかるの?」
「もちろん当たり前でしょ。まぁこの前来た時はわかんなくて本片手に調べてたけど。」
疲れていることも忘れて僕は花に近づく。1種類、1色だけじゃなく、いろいろ植えているようだ。素人だからよくわからないのが惜しい。ひまわりくらいしか分からない。だから聞いてみる。
「これは?」
「それはマリーゴールド。あれはホウセンカ。結構メジャーな花だな。あの端っこのはわかるだろ?」
「……あさ、が、お……?」
「随分と自信なさげだな。合ってるよ。」
花はどれも一緒に見えるからね。とか言うと怒られるだろうな。2人で歩いてる間もずっと、僕から聞かずとも花の名前や説明をしてくれた。本当に好きなのだろう。楽しそうな声色だった。
説明を聞きいているとある花が目につく。
「これはなに?」
「どれどれ?えーっと、、、ってお前。これ前に俺が教えた花じゃんかよ。」
「え?そうだっけ?」
「おい忘れたのかよー。いいか?もう一度教えてやる。この花の名前は×△?:&/!-;>+」
「え?」
「もう忘れんなよ。ったく、俺悲しいぜ。源平にしか言ってないのに。この花は運命だったって。」
「ごめんなんて?」
「え?だから×△?:&/!-;>+」
聞こえない。おかしい。疲れが溜まっているのかな。
「源平?どうした?」
「ごめんなんでもない。安心して。もう忘れないよ。」
「もー頼むぞ?」
また聞いたら怒りそうだったので聞こえたふりをした。
「ところでさ、ここっていつからあるんだろうね。ずっとこの街に住んでるのに、こんなところ一度も聞いたことない。」
「それは俺も不思議に思ってた。見つけるまでてっきりここら辺は工場って勘違いしてたな。」
「長年住んでても知らない場所ってあるもんなんだね。」
「そうだなー。」
それから2人で他愛もない会話をして歩く。もちろん、花の解説も忘れずにしてもらう。止まって花を観察しては歩いて、また止まって歩いて、止まって歩いて………
おかしい。
知らない花を見つけては止まって話を聞いて、それからまた2人で並んで歩いて、また知らない花があったら……
おかしい。
2人で並んで歩いて、花の話もして………
おかしい。
「そうこの前さー……」
終わりがない。
「だから俺、言ってやったんよ。………」
終わりがないくらい長い花畑。
「どう思うよこれ?まじ酷くない?………」
いくら進んでも終わらない。
日も沈まない。
暑さはずっと変わらないのに喉は乾かない。
隣の男の話も止まらない。
隣の男?
「そういえば、あの子って………」
誰だ。
この男は誰だ。
名前がわからない。どんな顔だっけ。思い返すと今日一度も顔を見ていない。そもそもこの男との関係は?何も思い出せない。いや覚えていないのか?
「あのさ!!!」
大声を出して男の話を強引に止める。
「うぉっ!!びっくりした。大声なんか出してどうしたよ?」
「この花畑いつまで続くの?」
夏バテで頭がやられてるだけかもしれない。きっと顔を見れば思い出せる。僕は顔を上げて隣の男を見る。だが、隣には男どころか人がいなかった。
「…え?」
呆然とする。
「どこ見てんの源平。先に行くぞ?」
声は前から聞こえた。男はずっと前にいた。なんで?さっきまで隣にいたはずなのに。僕は追いつこうと走る。いつのまにか疲れはなくなっていた。だが、僕がどれだけ本気で走ろうとも追いつかない。相手は走っていないのに追いつかない。そもそも距離が縮まっていない。
「ちょっと待ってよ。」
流石におかしいと声をかけた。
男は足を止める。
「そうだ源平。さっき花畑がどこまで続くのかって聞いてきたな。」
声をかけるべき相手は後ろにいるのに振り返ろうとしない。男は気にせず話を進める。
「ずっとだ。この花畑はずっと続くんだ。」
「……え?」
何を言っているのかわからない。そんなわけない。
「ちょっと前にいつからあるんだろうねとか言ってたな。俺も共感したけど嘘だ。これはずっと前からある。だけど昔と言えるほど前でもない。数年前がしっくりくるかな。それも1、2年前。」
「……なんで知ってるのに嘘をついたの?」
「それはお前も一緒だ。源平。」
さっきから言っていることが理解できない。僕も嘘をついている?
「僕は嘘なんかついていないよ。こんなところ知らない。」
「すっとぼける気か?俺が知ってるのにお前が知らないわけがない。」
男の声に少しの苛立ちがまじる。
「なんでそう言えるの。」
無意識に僕も強く言う。
「それは、
この花畑は、源平。お前が作ったからだ。」
「は?」
「源平の手でこの花畑は作られた。そして、源平は終わりを作らなかった。ここじゃ日は落ちなし花は枯れない。」
何を言っているんだ。
「知らない。僕にはそんな記憶ない。ここには今日初めてきた。花だって詳しくない。何より育てられない。君が作ったんじゃないの。」
今まで忘れていた疲れと汗を感じる。
「俺は、お前がここを作っているのをずっとそばで見てきた。」
「だから知らないよそんなこと!そもそも君は誰なの!!」
理解ができない焦りと恐怖からか落ち着きが保てない。思わず聞いてしまった。
「俺はお前の×△&/-;>+だ。」
まただ。
「聞こえないよ。」
「聞こえなくていい。」
それを聞いた瞬間、よくわからないけどさっきまでの苛立ちが何故か寂しさに変わった。相手はもう会話をする気はないらしい。寂しさは男にも伝わったのだろう。
「俺はなんでもない存在だ。知る必要も、知らないことを機に病む必要もない。そもそも俺自体も自分のこと知らないしな。そして、源平。君はここにいるべきじゃない。」
心が痛かった。なんでかわからないけどそれが苦しく感じる。
「君だけずっと喋ってるのに何もわからないよ。」
「ごめん。俺が知ってるのはここまでなんだ。けど安心して。源平を帰すべきところに帰すことはできる。もう少し進もう。」
「…わかった。」
男は、彼は、この会話の間に一度もこちらを見なかった。
しばらく歩くと彼は止まった。距離は前と変わらず開いたままだ。
「ここでお前とはバイバイだ。俺はここから先に行くなって言われてさ。花畑の間に小道が見えるだろ?そこを進めばいい。帰るべき場所に帰れるから。」
「本当に帰れる?」
「安心しろ。これは嘘じゃない。覚えてないんだろうけどお前が俺にそう言ったんだからな。」
「だから記憶ないって。」
何故か笑ってしまった。彼の話は本当なのかもしれない。僕が忘れているだけなのかも。
僕は足を進める。相変わらず日は高いままだ。少し進むと花畑の間に人1人分の小道があった。花を踏まないよう足元に気をつける。すると、後ろから声が聞こえる。
「おーーーい!!」
彼だ。
そういえば、ずっと距離が縮まらなかったのにいつの間に追い越したっけ。歩きはじめの記憶はあるのにどうやって彼の先に行ったのかわからない。終始よくわからない所だ。試しに振り返ってみると彼の姿はずっと先で、目を凝らさないと見えないくらいに小さくなっていた。これじゃ見ても顔がわからないじゃんと呟く。
「またなぁぁ!!源平ーーーー!!!!」
そう言って彼は大きく手を振る。彼のことは知らないけど嬉しかった。僕もやり返そう。
「またねぇぇーーー!!!!!」
腕を可動域いっぱいに動かす。そして彼に背中を向けて再び小道を進む。
僕はきっと彼に会ったことがあるんだろう。思い出さなきゃ。それで、思い出したら彼に言わないと。僕が花畑を作って、終わりを作らなかった理由を。彼のことを。彼がずっとここにいるかはわからないけど。そもそも僕がまたここに来れるかわからない。大前提、思い出せるかすらも。だけど思い出したい。そのために帰るべき場所に早く帰るんだ。僕は走り出す。花を踏まないように。
「んー、思い、だ、すぅ、、。」
「あれ?ゲン君起きた?」
コーヒーのいい香りがする。目覚めにはおしゃれすぎるな。なんて思いながら頭を上げると目の前にはマスターがいた。
「すみません。寝ちゃってました。」
寝ぼけ眼を擦りながら言う。
「今は休憩中なんだからいいんだよ。ゲン君、寝起きはぽやぽやしてるね。」
コーヒーカップを丁寧に磨きながらマスターは僕を見て微笑む。その目には慈愛と、生き抜いた男にしか出せないような深みがあった。この人は本当にダンディーという言葉がよく似合う男だ。
「途中うなされて、それから満ち足りた表情になってたけど夢でも見てたのかい?」
「うーんなんか変な夢でした。花畑歩いてましたね。てか、もしかしてずっと見てました?」
「うん、楽しそうな夢で良かったよ。」
マスターは満足そうだ。見られてたのが恥ずかしい。まぁ、カウンターで堂々と寝てたんだ。見てくださいと言ってるようなものだ。マスターの視界に入れた僕が悪い。
「あ、そうだ。」
ポケットから手帳とペンを出す。そして、夢の内容を思い出す限り細かく書く。これは僕の日記だ。毎日、1日の出来事をノートいっぱいに何ページにも渡ってかく。かれこれ1年続いている。そしてもうすぐで2年目に入るのだ。その時は全部読み返してやろうって言うのが密かな楽しみだ。僕が日記を書いてる時は、マスターは話しかけてこない。そうして欲しいって言ったわけじゃないけど恐らく僕の境遇から察してくれているのだろう。ますますできた男だなと思う。大人になったらマスターみたいになりたい。そのくらいマスターは僕の中で憧れだ。一通り書き終えて読み返す。なにか書いてなかったり、間違いがあったら大変だ。
「よしっ。これでおっけい。」
確認が終わったのを見てマスターが声をかける。
「ゲン君。お店の看板をオープンにしてきてくれるかい?」
「わかりました。マスターいつもありがとう。」
日頃の感謝を不意に言ってみる。マスターはなんのことかなとぼけている。そういうところに惚れるんだよなぁとしみじみしながら店の外に出てクローズからオープンに看板を変える。最近は夕方でも暑さが厳しい。店に入ろうとすると涼しい風が吹く。
どこかで感じたことがある風だ。
たしか、今より暑くて、だけど、じめじめはしてなかったな。
「うーん。」
思い出せそうなんだけどな。これも手帳に書いておこう。
「団長っていっつもその格好だよね。」
オレは隣で歩いている白い燕尾服の男に言う。
「そうですね。これ以外に服ないんですよ。」
ニコッとこちらを見る。年齢に見合わない幼い笑顔は今日も健在だ。
「え?まじ??」
「はい。」
…これは本当なのか?それともちゃんと嘘か?この人は本気も冗談も同じ口調で言うのでわかりずらい。
「なんで?買わないの?お金ないの?俺たちの上司のくせに????」
「お金ならありますよ。ただ必要がないだけです。この服がいちばんしっくりくるんですよ。ほら、あなたも制服ばかり着ていると私服選びが億劫になるでしょ?」
「確かに…」
これはガチのやつらしい。
「団長」と呼んでいる彼はオレが所属するヒーロー事務所の「キーパー」。簡単に言うと上司だ。彼は団長という呼び名らしく、初めて会った時からサーカスの団長みたいな服を着ている。
今日は団長に誘われて買い物に付き合っている。と言ってもお店に入って見るだけで何も買いやしない。手ぶらで店を出る時の申し訳なさや怪しさ満点さを感じているのはオレだけのようだ。
「歩き続けると疲れるものですね。そうだ。いつものカフェに行きましょう。」
気分が乗ったのか軽くスキップをしてオレの前を歩く。オレに拒否権ないようだ。
「気まぐれだなーうちの団長は。結局なんも買ってないし。」
つい愚痴っぽく言ってしまう。まあ鈍感な人なので良いだろう。
なんて思っていると前の長髪男はスキップをやめて振り返る。嫌に綺麗な碧眼と目が合う。
「買い物はあなたを誘うための言い訳です。今日の本命はネタ探しですよ。おかげでまた色んなとこを知れました。ありがとうございますね。」
団長はニコニコというオノマトペが似合う顔をする。何も買っていないのにやけに満足げなのはそういうことか。ついでにオレを誘えば色々説明してくれるだろうとか思ったのだろう。
ネタ探しというのは彼の劇団の台本のとこだろう。団長は劇団の長でもあり、オレ達ヒーローのキーパーでもある。本人曰く、劇団が本業でキーパーは副業らしい。逆にする気はないようだ。
「団長って外国人だっけ?外国にも服屋とか花屋とかあるでしょ。」
「はい。ありますが、私の故郷にあった店とは全く違います。この国は本当に豊かですね。」
心からそう思っているのだろう。しみじみとした顔をしている。
「団長がこっち来たのって何年前?日本語普通にうまいよね。カタコト微塵もないし。」
「2年前の冬でした。こっちに来る前から言語だけは勉強させられていたので喋れますね。ちなみに副団長とダイスケもですよ。」
再び2人で並んで歩く。
足は無意識にカフェの方へと進んでいる。
「オレ副団長に未だにあったことないんだけど。」
「彼は多忙ですからね。台本作りに会計処理、ヒーロー事務所の運営などなど。やることがいっぱいです。彼、仕事人間なんですよ。」
呆れて苦笑しているがヒーロー事務所の運営はあなたの仕事では??と心でツッコんで言わない。
まぁ、上司がこれだ。副団長は仕事人間にならざるを得なかったのだろう。会ったことがなければ顔も知らない副団長の苦労がこちら伝わってくる。
「ダイスケさんもヒーローのくせにぶっきらぼうだよね。知ってる?事務所で最初に帰るのはダイスケさんなんだよ?」
「彼は昔からそうですから。安心してください根はちゃんとヒーローです。私が保証しましょう。」
その保証、信用できないな。昔からそうだと言われてもな。
ん?てか待てよ?
「ダイスケさん外国人??」
「はい。先ほどもそう言いましたが。」
「ダイスケって名前のくせに??」
「……」
団長の歩調が早くなる。こいつ、何か隠してる。
「そうだ!彼、こっちに来た時に名前を変えたんですよ。」
「帰化したってこと?名前変えるのめんどくさい手続きだって正華が言ってたけど。」
早歩きが駆け足に変わる。
「あー!間違えました。向こうにいた時からダイスケでしたよ。親が日本に憧れがあったとかでその名前にしたんだとか。ところでなんですか帰化って。」
こいつまじか。
「てか、団長たちの故郷ってどこの国?顔立ちからしてヨーロッパらへん?」
オレは無視をして質問を投げる。団長は秘密が多くオレたちもよく知らないことが多い。だが、そのせいで定期的にボロが出てこういうことになる。そんな時は構わず質問攻めにするのが効果的だ。
「私の質問に答えてください!帰化とはなんですか!!ちなみに私の故郷はフランスとかです!!」
質問に答えてくれるのか。律儀なところは評価しよう。というか「とかです」とか言わなければ信じたのに。
もしかしなくてもオレより馬鹿か?
駆け足はスピードを増し、追いかけっこが始まった。
現役ヒーローに勝てると思ってるのかこの男。
オレはすぐに追いついて襟を掴む。なんか高そうなのでシワがつかないように謎に気をつけた。
「はぁ、はぁ、」
「んで?本当は?ダイスケさんの名前の謎は?団長たちの故郷の国は??」
容赦なく追い詰める。日頃の恨みだ。子供と言われても構わない。オレはまだ高校生だ。
「個人情報ですよ!!ハヤト君!!」
「団長のとこは聞いたけどダイスケさんのことを言い始めたのはお前だ。オレはそれで疑問を持って聞いているだけ。」
うっ…と決まりが悪そうな顔を浮かべる。
この人余裕がないと表情管理がなってないな。
「はぁ、、出したくなかったですか背に腹はかえられません。ハヤト君!!これを見なさい!!」
団長は内ポケットから何か出したかと思うとそれをオレに見せつけてきた。
「……!!?!」
オレは驚きのあまり声を出すのを忘れた。無理もない。なぜなら団長が出してきたのが、
某有名ヒーローの招待チケットだったのだから。
オレは小さい頃からヒーローが大好きだ。大好きじゃこの熱は伝わらないかも知れない。そうだな、オレの体はヒーロー愛で出来ていると自信をもって言えるほどにはヒーローが好きだ。愛している。憧れている。熱が増しすぎてオレもそれになってしまったほどだからな。
そんなメイドインヒーローのオレが昔から好きな特撮ヒーローの周年記念イベントを知らないわけがない。応募はもちろんした。倍率が高すぎるのでお願いして親のアカウントでも応募をした。だが抽選というのは残酷だ。オレがチケットを手に取る瞬間は来なかった。
それなのに。なんで。此奴がもっている。オレより古参のファンだったのか??それはそれで腹が立つ。
「知り合いの伝手でもらったんですよ。今日のお礼にあなたに渡そうと思ってたんですが。気が変わりそうです。」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。
こいつ。大人気ない。大人気なさすぎる。
だか侮られては困る。オレはペーペーでも、端くれでもヒーローだ。悪手に屈することなどあってはいけない。そう。たとえ目の前にあるのがヒーローショーのチケットだとしても。
たとえ、あの全人生の運を賭けても欲しいと思ったチケットでも。
たとえ、オレの青春の集大成でも。
「………。」
「欲しいですか?ハヤト君?」
「………」
そういえば、高校生は大人になるための大事な時期だと担任が言っていた。つまりオレはまだ子供で、目の前の卑しいやつは大人気ない人間。つまり子供。ここから分かるのは、大人になった方の勝ちということだ。
まぁしょうがない。ここは大人になるのがオレの成長のためだ。
「さっきのことは無かったことにしますよ。団長。」
オレは爽やかな笑顔を見せる。大丈夫だ。団長の秘密なんてこれからいくらでも聞ける。
「流石ハヤト君。大人ですね。大人な君には今日のお礼にこれをどうぞ。」
そういうと、団長はオレの手に紙切れを乗せた。手にした瞬間、目を閉じたくなるほどの光がチケットから溢れ出した気がした。なんてことない印刷紙。だけどオレにとって紙幣よりも重く、価値のあるもの。きっと、オレのこれからの生き甲斐となる宝物。口角が上がるのをやめられない。
なるほど、悪者はこうやって増えていくのか。オレは今、違う意味で大人になってしまったのかもしれない。ごめんなさい。先生。
顔を上げると目の前の男は相変わらずニヤニヤしていた。これもこの男の計画のうちだったのだろうか。
…いや、考えるのはやめておこう。
「カフェも奢ってくださいね。」
オレはやられっぱなしで終わらない。言っただろう。ペーペーでも、端くれでもヒーローだ。
「はぁ、しょうがないですねぇ。」
なんてやりとりをして、再び歩を進めるとすぐカフェに着いた。
今日は何を頼もう。何を頼んでもきっといつもより美味しく感じるはずだ。
「 」
教科書にのっていたステップをふんで
履かされたのは自由の靴
あれ? こんなだっけ? おかしいな?
だけど止まらずに
手本と自分見比べて目指すは
再現度100%?
自由の監獄に詰められちゃったら
翼も足も動かせないから
だからいっそさ
檻からはみ出そう
履きなれたボロボロの靴で
でたらめなステップで進もう
どうせこの道歩くのは君なんだからさ
檻から出て待ち受けるのは
本気を笑う世界で
一挙一動を指さしてくる
つい足が絡まった
模範生たちは言った「ほらね」
嘲笑と裏腹の落胆と目があった気がした
口に入った砂を飲み込み
足に絆創膏貼って立ち上がって
そうさ
ハイヒールなんて脱ごう
小指が見えるすれすれ靴で
でたらめなステップで踊ろう
どうせこの道歩くのはきみなんだからさ
君に言ってやる
歩幅歩いて手に入れたコピー能力
それも意外と役に立ったんだって
だけどそれだけじゃ足りないって目に物言わせてやる
その目に光を
時間に置いてかれないように
走らなきゃいけないからさ
過去なんて見ないでいい
足と心にひたひたに染み込んだから
だからもっと
不自由を楽しもう
魚もタコも吹き出しちゃうくらいの
でたらめと受け売りのステップで
これが自由だって見せつけてあげる
「進路希望調査 あなたの将来の夢そのための進路について書いてください。」
プリントの記入欄は凸凹になってしまった。
「あなたが行きたいところに行けばいいのよ。」
「お前ならどこにだって行ける。先生は応援するぞ。」
親も先生もそんなこと言うけど、きっとあの人たちは医者になりたいとか弁護士になりたいとか言う私しか頭にないのだろう。無理もない。私は勉強ができて頼りがいのある優等生になってしまったのだから。ただ怒られないで心配もされない、傷つかない選択肢ばかり選んでいたら真面目な学生Aになってしまった。そんな学生Aには夢がない。いや、夢を隠している。だってそれは学生Aには似合わない夢なのだから。
いつの間にか日は落ちて外は暗くなっていた。
学生Aは深いため息を着くとスマホをもってベッドに倒れた。慣れた手つきでアプリを開く。それは今人気の冒険ゲー厶だった。どうやら学生Aは現実逃避をするために始めたこのゲームにハマってしまったらしい。1人で笑ったかと思ったら泣き出し傍から見たらおかしい限りだ。学生Aはスマホ画面をじっと見つめて言った。
「シナリオライターってやっぱりすごいな」
そう、勉強ができて頼りがいのある真面目な学生Aは似合わない夢を持ってしまったのだ。現実逃避のために始めたゲームにハマった挙句、似合わない夢を持ってしまうなんて皮肉な話だ。それもうんと現実からかけ離れた夢に。学生Aは賢いから知っている。賢いからこそ知っている。これは自分が言ってはいけない夢だと。自分は現実的だけど夢のある夢を持たなければならないということを。そんなことを考え続けているせいでプリントも心も埋まらない状況になっているところだ。
「弁護士、youtuber、医者、漫画家、教師、シナリオライター…」
そう唱えると笑ってしまった。夢のある夢ほど現実を考えなければいけないんだ。そう考えたら現実逃避なんて困難じゃん。実際夢持った日から現実を見すぎている。
大人は現実を見ろと言ったかと思ったら次の日には希望を語って夢を持つことを強要する。どっちつかずで子供は分からなくなる。そんな大人たちに夢を言ったら言ったで違うって言うに決まっている。
「ご飯できたよー」
下から母の声が聞こえる。
「はーーーい」
いつものような返事だっただろうか。そんなことを考えながら階段を降りる。
夢なんて不確定に決まっているのにそこに確実を、安定を求める。夢を語る時に現実なんて見たらいけないのに現実はそういう時にこそ出しゃばってくる。私が夢を持つ日は来るのだろうか。
この世を生きる人間みんなオタクなんです。
大事なことなので沢山言います。
この世を生きる人間みんなオタクなんです。
「え待ってそれ新ビジュのグッズじゃん!」
「そうなの!昨日買ったの!」
「いいなぁー!そうだ!これ頼まれてた絵!」
「待ってました!これほんとにお気に入りのビジュなんだー!ありがとうまじ尊い!」
これは私と友達の何の変哲もない会話。
だけどクラスの人間はニヤニヤしながらこっちを見てくる。
「やば笑笑」
「無理死ぬ笑笑」
あの人たちには私たちがオタクに見えているのだろう。もちろんそうだ。否定はしない。私は自他ともに認めるオタク。だけど別に恥ずかしくともなんともない。だって好きな物を好きだって言うことの何がおかしいの?もちろんTPOとかは弁えてるし、なんならあちらの方が普段周りに迷惑をかけているのでは?だからと言って別になにかアクションを起こすつもりはない。
だってあの人たちもオタクですもの。
人間生きてれば感情は自然と形成されるもの。その感情は種々雑多で自分だけにしかないものとか他の人と共有できるものまで色々。だからそこに「好き」という感情があるのは不自然ではない。そしてその「好き」こそがオタクの種だと私は思う。換言すると「好き=オタク」なのだ。
人間大なり小なり好きなものがある。私たちを笑っていたあの人たちもメイクとかファッションとかに敏感じゃん。毎日のように新しいコスメ買って見せあってるじゃん。それはもうオタクと言わずなんと言えばいいのですか?
スマホの画面の俳優を見せあってキャーキャーいうあの子たちも
授業が終わったのにも関わらず永遠とよく分からない横文字の法則について熱弁する化学の先生も
ホームルームが終わって光の速さで着替えて部活に向かうあの子も
分厚い本とばっかり顔を見合せているあの子も
いつも同じ時間に同じ道でランニングしているあの人も
みんなみんなオタクなんです。
みんな何がが好きで何かに熱中して生きているんです。だから生きられているんです。嫌なことがあっても次の日にはケロッとしてられるんです。
先程私たちのことを笑っていたあの人たちですがきっと自分たちがオタクだって認めたくないんでしょう。「オタク」っていう言葉に否定的なイメージしか抱いてないばかりにプライドが邪魔して認めることが出来なくなったんでしょう。まぁ、何も認めることが正解って訳でもないですよね。まず「好き=オタク」っていうのも持論でしかない訳ですから。
だけど、人の好きを価値観を嘲笑するのはまた話が違ってきます。なんにもわかってないならもっとです。無意識に自分を上げるために他人を下げているんだと思います。その原因はやっぱりプライドかなって。自分を大切にする、誇りに思うのは素晴らしいことです。だけどそれは時に足枷になってしまいます。自分も他人も傷つけてしまいます。
話が脱線してしまった感じですが私が言いたいことは
この世を生きる人間みんなオタクなんです。
みんな「好き」を持っているんです。
もしいない人がいるのなら私の元に来てください。
この世のありとあらゆるものを布教してあげます。
人間「好き」があれば生きる上でのちょっとしたエンジンになると思います。
みんなが「好き」を極めればきっと不景気なこの世の中もちょっとだけ明るくなるはずです。
あと、あなたの「好き」が馬鹿にされることがあるかもしれない。だけど簡単に折れないで。そいつらの前では強気でいて、誰もいない時に悲しんで、「好き」に励まされてまた明るく生きて下さい。
耳タコかもしれませんが最後に
この世を生きる人間みんなオタクなんです。