『芽吹きのとき』
もがいても
もがいても
真っ暗
なんの為にもがいているのかな?
頑張ってもがいた先に何があるのかな?
くるしくて
くるしくて
わからない
真っ暗で見えもしないのに
周りは先に行っているような気がして
もがく意味もわからなくて手を止めそうになる
そのたびに
がんばれ!
がんばれ!
って声が聞こえて手だけは止めなかった
ある日もがいていた手が突然軽くなる
はじめて真っ暗から解放された先は
沢山の光と初めて感じる風
ひたすら不安になりながらもがいた先に見えた世界は美しかった
『あの日の温もり』
晴れた青い空を見ると今でも思い出す。
「老後は旅をしたいなぁ」
「何言ってるの!父さんはもう十分歳じゃない」
「てやんでぇ!わしはまだまだ現役。年寄りにするんじゃねぇ」
暇な日は俺を撫でては青い空を眺めながら、ゆっくりと旅をしたいと言っていた俺の飼い主は、そんな事を言う度に娘に素直になれず拗ねて喧嘩してた。
本当はゆっくり娘や孫と一緒に旅行に行きたかったのに、「行こう」の一言が言い出せずにいたんだって知ってるのは棟梁が一人の時撫でられてた俺だけ。
路地裏で前の飼い主に捨てられてた猫(俺)を拾ってくれたのは、下町生まれの江戸っ子口調の大工の棟梁だった。
怖い顔に見合わず優しげに俺を拭いて、ミルクを与えて家をくれた。
寂しいからいてほしいって家族に迎え入れてくれた時、首輪代わりに巻いてくれた棟梁のハチマキとお揃いの赤いマフラーは今でもしっかり首に巻いてある。
棟梁の温もりは心地良くて、毎晩撫でられるのが大好きだったのに、ある日棟梁はいつもの時間になっても家に帰ってこなかった。その代わりいつもは棟梁一人だった家には娘や孫が集まって皆泣いていた。
まだ子猫だった俺にはなんの意味だかわからなかったけど、あの日棟梁は永遠に帰らぬ人になっていたんだって今ならわかる。
娘とも孫とも旅行に行くことなく棟梁は一人旅にたってしまった…。
「今は近くの狭い空しか見ちゃいねぇが、いつか遠くの空もみてみてぇな。そん時はクロ、お前も行くか?」
ふと蘇ったいつも撫でてくれた棟梁のシワだらけで硬い手の温もり。
今、棟梁もどこかでこの青空見てるか?
俺も、棟梁の真似して旅して見てるが空は本当ひれぇや。
『cute!』
おっきなドレッサーの前に座って淡いピンクのリップを塗る。
天使にだって、小悪魔にだってなれちゃうメイクは、女の子が可愛くなる魔法。
今日はピンクのキュートなドレスを着てお出かけ。
あの人に可愛いって言わせてやるんだから!
『記録』
凄惨な事件があった崩れかけの洋館。
子供の幽霊が出ると噂流れるこの館の誰も立ち入らない子供部屋のテーブルの上には、古びた日記が誰かに読んで欲しいかの様に置いてあった。
◯月✕日
お父様にとても素敵な日記を頂いたから今日から日記を付けようと思うの
花柄の可愛らしい日記だから素敵な事を沢山書けたら嬉しい
よろしくね日記さん
今日はお姉様に新しい家庭教師の人が来たの、お母様が異人さんらしくて金の髪だったけど、髪がお日様に輝いてとっても素敵な殿方だったわ
ちょっとだけお話出来たけどお優しい方だった
またお話出来るかしら?
◯月✕✕日
素敵な事を沢山書きたかったけど、今日はちょっぴり悲しいお話になっちゃう
お父様に叱られてしまったわ
お姉様が私くらいの時に出来た事が私には出来ないですって
お勉強は嫌い
数字を見ていたって目が回るだけなんだもの
刺繍とかの方が楽しいわ
日記さんもそう思うでしょう?
✕月◯日
聞いて日記さん!
家庭教師さんに今日はキャラメルを頂いたの。お姉様にって持ってきてくれたみたいなのだけれど、私にも内緒だよって分けてくださったわ
口にいれるとふんわり甘くて優しい味なのよ
まるであの方みたい
少ししかないから大切に食べないとね
お優しい方に教えて貰っているなんて、お姉様が少し羨ましくなってしまうわ
✕月◎日
今日日記さんにお話出来るのは、良いお話と悪いお話
またお父様に叱られてしまったわ、今日はお母様にも
私はお転婆すぎるって
机に張り付いてるなんて、本当に退屈。
お父様もお母様も何にも分かってないわ
けれど、家庭教師さんが私の分もこれからみてくださるんですって
あの方に見ていただけるなら私頑張れる
✕月〇〇日
今日は初めてあの方に見てもらった日。あの方の教え方がとても分かり易くて、今まで分からなかったところもするする入ってくるみたいだった。
とっても不思議、教え方が上手なのね
がっかりされない様にこれからおさらいするつもりよ
◎月✕日
日記さん、今日お父様に褒められたわ
真面目によく頑張っているって
あの方にも褒められたわ、特別にご褒美を私にくださるんだって
だからキャラメルをおねだりしたの
最近あの方が教えてくれるからお勉強も楽しいし良いことづくし
けれど
ねぇ、日記さん
最近ね、あの方をみると胸がドキドキするの。私何処かおかしくなってしまったの?
◎月◯日
あれからあの方に会えば会うほど胸がおかしい
来る前はソワソワして、お勉強を隣で見てもらうとドキドキして離れるとまた会いたくてたまらなくなる
女中の妙さんにお話してみたら、お嬢様は恋をしているみたいですね
ですって
この気持ちが恋というものなの?
◎月✕◯日
日記さん、恋かもしれないって言われたらもうあの方しか見えなくなってしまったわ
正解すると褒めてくださって、わからない時も優しく教えてくれる本当に素敵な方
あの方の前では子供っぽい私ではなくて、綺麗でお姉様みたいに大人な私になりたいって思う様になって来たわ
素敵な人になれるようお姉様を見習おうかしら
◎月✕✕日
お姉様の行動を見ていたらお姉様に私が恋してるっていうのがバレてしまったの
でも相手があの方ってのはわからなかったみたい
お姉様は私の恋を応援して、可愛くなるお手伝いをしてくれると約束してくれた
今度お洋服が売っているお店にこっそり連れて行ってくれるんですって
お洋服も楽しみだけど、いつも勉強ばかりだったお姉様とお出かけも久しぶりで楽しみ
◎月◯◯日
今日はお姉様とお洋服を見に行ってきたの
お姉様と素敵なお洋服見て、そのままそのお洋服で帰れたから心弾んでたわ
しかもね帰りにばったりあの方に会えたの
でも、今私とても心がざわつくの
あの方がお姉様を見る目が私の時と違ってもっと優しげでそして、私の時より笑っているように見えたから
私が着ていた新しいお洋服も可愛いですねって褒めてくれたけれど
それは子供扱いみたいに聞こえてしまったの
◯◯月✕日
日記さん
お姉様は嘘つきだったわ
私の恋を応援してくれるって言っていたのに
お姉様とあの方は恋人同士で逢瀬を繰り返しているみたい
今日もお父様にバレない様にこっそり出かけて行ったわ
お姉様も大好きだから二人を応援したいのに私喜べないの
お姉様も私にあの方との事を少しもお話してくれないなんて悲しい
◯◯月✕✕日
私、私 取り換えしもつかないことをしてしまった
お姉様とあの方との事をお父様にお話したの
もちろんお父様は怒っていたわ
もうあいつをこの家に近づけないって
今日もお姉様とあの方はこっそりと出ていこうとしたから、そこをお父様が取り押さえたの
なのに、なのに、なのに…
お姉様を引っ張ろうとしたお父様からお姉様を守ろうとして あの方
帰らぬ人に 私こんなつもりではなかった
◯✕月✕✕日
あの方の笑顔が見れなくなってからひと月
お姉様はすっかりやつれて、ずっとあの方を探している
お父様は呆れ果て、お母様も倒れてしまった
あの方の笑顔が見れなくなったのも、お姉様の笑顔が見れなくなったのも全て私のせい
◯✕月✕◎日
私がお父様にあの方とお姉様の事をお話したってお姉様が気づいたみたい
昨日からずっと私を連れてこいって騒いでる
お父様がお部屋に鍵を掛けたけどお姉様何をするかわからないから怖い
私があの方に恋なんてしたから
※※▲※◯✕※
お姉様が お姉様が
次々 皆赤く染まって おかあさまが
おとうさまが
ごめんなさいお姉様
ごめんなさい、ごめんなさい、
ふたりともだいすきだったの
今でも姉に謝る少女のごめんなさいという泣き声が、今夜も聞こえて来る
『さぁ冒険だ』
何も書き込まれてない真っ白な地図に新しい靴と鞄。
涙ぐむ母さんと、力強く頷く父さんに別れを告げ一歩踏み出す。
次に会う時はしっかり書き込まれた地図を見せる時。
世界はどこまでも続く草原に、薄暗い森。
時折暗闇広がる洞窟もある。
世界は広い。
時に困難にぶち当たるかもしれない。
けれどこの目で全てを見てみたいから。
さぁ冒険だ!