もも

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『あの日の温もり』

晴れた青い空を見ると今でも思い出す。

「老後は旅をしたいなぁ」
「何言ってるの!父さんはもう十分歳じゃない」
「てやんでぇ!わしはまだまだ現役。年寄りにするんじゃねぇ」

暇な日は俺を撫でては青い空を眺めながら、ゆっくりと旅をしたいと言っていた俺の飼い主は、そんな事を言う度に娘に素直になれず拗ねて喧嘩してた。
本当はゆっくり娘や孫と一緒に旅行に行きたかったのに、「行こう」の一言が言い出せずにいたんだって知ってるのは棟梁が一人の時撫でられてた俺だけ。
路地裏で前の飼い主に捨てられてた猫(俺)を拾ってくれたのは、下町生まれの江戸っ子口調の大工の棟梁だった。
怖い顔に見合わず優しげに俺を拭いて、ミルクを与えて家をくれた。
寂しいからいてほしいって家族に迎え入れてくれた時、首輪代わりに巻いてくれた棟梁のハチマキとお揃いの赤いマフラーは今でもしっかり首に巻いてある。

棟梁の温もりは心地良くて、毎晩撫でられるのが大好きだったのに、ある日棟梁はいつもの時間になっても家に帰ってこなかった。その代わりいつもは棟梁一人だった家には娘や孫が集まって皆泣いていた。
まだ子猫だった俺にはなんの意味だかわからなかったけど、あの日棟梁は永遠に帰らぬ人になっていたんだって今ならわかる。

娘とも孫とも旅行に行くことなく棟梁は一人旅にたってしまった…。

「今は近くの狭い空しか見ちゃいねぇが、いつか遠くの空もみてみてぇな。そん時はクロ、お前も行くか?」

ふと蘇ったいつも撫でてくれた棟梁のシワだらけで硬い手の温もり。

今、棟梁もどこかでこの青空見てるか?
俺も、棟梁の真似して旅して見てるが空は本当ひれぇや。

2/28/2025, 1:18:07 PM