根付いた癖というものは、どうにもなかなか直らないものだ。
横から見て、角度、おおよそ30度。ほんのりと、けれどたしかに。油断すると、いつも顔は空のほうを向いている。晴れだろうと、雨だろうと。鼓膜にこびりついてしまった聲を憶い出すと、勝手に顎は緩やかに空を向いてしまう。古くからの友はそれを見るたび、呆れたように肩を竦めてしまうのだけど。またやってるぞ、だなんて指摘がセットだったのは遠の昔の話だ。
夏だなんて、とくにそう。だってこんなにも暑いのだ。太陽に近付けばさぞ身を焦がし、風はからだのみずを奪っていくだろう。どうか木陰で、すこしでも涼んでくれたら、と祈らずにはいられない。祈って、そしてまたそんな自分に呆れてしまう。
たいようを、ちかくにかんじてみたいの。
聲が、聞こえるから。
分かってはいるんだ。きみはそこにはいない。上がりきらない口角で、いびつな笑顔で。簡素な部屋のなか、ささやかな、実にささやかな願いをそっと音にしたきみのその聲がいまも聞こえるから。
空を見上げたら、上手に微笑うきみのすがたを見れるのでは、だなんて。莫迦なことを考えてしまうんだ。
今日も聲が聞こえる。そういえば昔からきみは天使みたいた人だった。見上げれば、きみと目が合うかも。今日も気付けば上を向く。
――ああ、今日は快晴だ。
テーマ「鳥のように」
見慣れた街並みだ。あなたにとっては、きっと。毎日、毎日、繰り返し歩いたアスファルトの道の、少し歩きづらい場所だとか、踵を鳴らすと小気味良い音がなる場所だとか。知っているから何か得をするというわけでもない、誰かにとってはどうだっていいハナシ。
目に入るものに、意味のないものに。ひとつでいい。なにか意味をもたせることが、楽しくて。その意味にも、とくべつな意味はないけれど。
本当は、誰にとっても意味はないんだ。あなたは知っている。毎日歩いたアスファルトの道の上も、曲がり角を曲がれば辿り着く、これまた毎日通ったコンビニだって。視線をひとつ逸らせば。ほら、もう。
嫌というほど見慣れた街並みだ。私にとっては、きっと。
喉はどうにもひりついてしまっていて。言うべき言葉も意味を喪ってしまったようだ。
テーマ「さよならを言う前に」
日常はわたしを待たない。時間はいつでもわたしを置いていく。流れはいつだってあまりにも早いから、躓きそうなわたしは今日も、怠惰な足を懸命に動かしながら生きている。
うつくしいものを見たいと願いながら、無機物で無感情なものを、無感情なひとみで、今日も。
感情をうつしとったように、どうやらずいぶん空は涙を落としたようで。くたびれた心持ちで、地面を見た。たっぷりの水たまりが眼前に広がっている。空はもう泣いていないようだけど、どうやらたくさん溜め込んでいたらしい。そういえば、最後に泣いたのはいつだったか。
水たまりは灰色がかっている。空を見る。灰色だなあ、と思った。
青に薄い、薄い、とても薄い墨を溶かし込んだような空色。
うつくしい青空とは呼べないのだろう。けれど。青空はちょっと、いまのわたしには眩しすぎるので。
いまのわたしには、これが、きっとうつくしい空なのだ。
テーマ「空模様」