#快晴
ふと空を見上げると、雲が全くなかった。
忌々しいほどの快晴。今の俺の気持ちを爽やかな風が逆撫でていく。
なんでこんな日に俺は謝罪しなきゃなんねえんだよ!!
心の中でそう叫んではみるが、一向に気が晴れることはなかった。
今俺が向かっているのは、都内の貸オフィス。
通称「謝罪部屋」。
部屋に入ると、無数のフラッシュが俺を出迎える。日本の記者だけでは無く、外国の記者も多数来ているのか、知らない言葉もたくさん聞こえてくる。
一体俺が何をしたって言うんだよ……。
そう心の中で呟くが、心当たりはひとつあった。
「えー……、本日は私の軽率な行いから、皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけしたことを心から謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでした。」
そう言いながら頭を下げると、再び無数のフラッシュと罵声が俺の頭上に降り注いだ。
「あんた自分が一体なにをしたかわかってんのか!!」
「謝罪だけで済むわけがないだろうが!!」
辛うじて聞き取れたのは日本語による罵声だけ。他国の記者もまるで家族を殺されたかのような形相で何事かを叫んでいる。
「……誠に申し訳ありませんでした。こんな辛い毎日、せめて1日くらいは雲ひとつない快晴にして、皆様の気持ちを少しでも晴らそうと」
と、ここまで話して今までの喧騒が嘘のように静まり返っていることに気がついた。
何事かと訝しんでいると、その表情に気付いたのか、一番手前にいた記者が話しかけてくる。
「おい……あんたまさか気づいていないのか?」
なんの話だ?軽く首を傾げるとその仕草に気付いたのか、この場にいる全員が殺気立った表情を浮かべる。
「あんたは!世界中から雲を消したんだぞ!!!」
「……?えぇ、ですからこの場を借りて謝罪を」
「あの日から!一度も雲ができねえんだよ!!」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
だがすぐにその言葉が意味することに気づく。
全身から血の気が引く。立っていられなくなり、足元から崩れ落ちた。
窓の外を見る。俺の気持ちとは真逆の快晴。
しかしその色は、俺の顔と同じく青かった。
#遠くの空へ
ブラジルのみなさーん!!!!
聞こえますかー!!!!!!
#言葉にできない
俺は今、全速力で坂を駆け上がっている。
すでに脚は悲鳴を上げ、汗はとめどなく流れているが休むわけにはいかない。
どうしていつもこうなんだっ……!
大事な日に限ってありえないミスをする!
こんな大事な日に寝坊をするなんて……!
秋葉原限定発売DX超合金マシンドール魔法少女お兄さん神宮寺舜水フィギュア-春のドキドキ腹筋チラ水着ver-の発売日じゃねえか何してんだ俺ぇっっっ!!!!
酸欠で眩暈がする。
喉が渇いて声が出ない。
あぁでもっ!舜水が俺を待っているんだっ……!
頼む!もってくれ俺の身体っ……!!
その瞬間、俺はペダルから足を滑らせた。
「あっ……」
ズガンっと足の裏で地面を蹴る。
そう、まだ買ったばかりでまだ爪先しか届かないはずの自転車に乗ったまま。
時が止まったように感じた。
しかし、瞬きの後。
凄まじい悪寒と電流が俺の身体を走り抜けた。
言葉にできない
股間を、サドルに強打した。
俺の未来の息子たちが圧死していく。
「……カハッ!……グゥ!」
声にならない。
意識が保てない。
舜水が、俺の舜水が遠ざかっていく。
フィギュアに玉がついてるかを楽しみにしていた俺への罪はこれほど重いというのだろうか。
フェードアウトする意識の中で、舜水が微笑みかけてくれた気がした。
#春爛漫
今日は寒い。
春分の日を迎えて、これから春がやってくるというはずなのに一向に暖かくならない。
俺を守ってくれるはずの段ボールも、昨日の雨でその役目を果たせすことなく溶けてしまった。
ただでさえここしばらくまともに食べていないというのに、身体から熱を奪っていく神様はどこまで俺のことが嫌いなんだろうか。
「あぁ、神なんていないんだったなあ」
でなきゃ、今俺がやっていることがなぜ咎められないのだろうか。
暖を取るために枯れ木につけた火は、瞬く間に俺が間借りしていた社に燃え移った。
雨が降っているにも関わらずだ。
燃えるはずのないものが燃える。
社を大火が飲み込み、時々バチバチと光を放つ様はまさに春爛漫。
呆然と眺めていたらだんだんと暖かくなってきた。ようやく俺にも春が来たようだ。すぐに夏になっちまいそうだが。
「でも、これが神様からのプレゼントってやつなのかな」
案外、神様にも嫌われてなかったのかなと思った次の瞬間。
脳天から足に向かって衝撃が俺を貫いた。
一瞬の轟音のあと「あぁ、これが春雷か」なんて益体もないことを考えたがすぐに意識は消える。
意識が消える直前、言葉が聞こえた気がした。
「社燃やされて嫌わない理由がねぇだろ」
#これからも、ずっと
物心ついたときから、私は体が弱かった。
食事はいつも鈍い鉄の味。身体は動かすたびに悲鳴を上げる。いつかこのまま目覚めないのではないかと、眠るのが怖かった。
そんな地獄で、私はあなたに出会った。
若い医者であるあなたは、私のことをどうにか助けようと必死だった。
毎日毎日必死に私を治すために奔走し、励ましの言葉をくれなかった日はない。
初めて救われた。
この世に生まれてよかったと思った。
こんな素敵なあなたの中は、私への想いで溢れている。
わたしの中への想いで溢れている。
私の身体を貪る病に感謝すらした。
これからも、ずっと。あなたは私を診続ける。
そう信じていた。
でも、あなたは優秀すぎた。
私を蝕む病の治療法を見つけてしまった。
なんて素敵な人なんだろう。
私の身体から、病を消し去った。
なんて残酷な人なんだろう。
私の身体から、あなたの興味を消し去った。
あなたは最初から私なんて診ていなかった。
私は、あなたしかみていなかったのに。
だから私は、私を蝕む病に力を貸すことにした。
あの日から、先生の私を診る目がより一層激しくなった。ギラギラとした目は、私だけを診ている。
「僕は間違ってはいない……僕は間違っては……。」
悪質なデマを広めたとして全てを失った先生は、今日も私を診てくる。
私さえ治せば全てが元通りになるなんて夢を見て。
あぁ、どうか。これからも、ずっと治らない私のことを見続けてくださいね……先生。