[序]
まずはじめに、これは翻訳された物語である。
さながら君達の人類史が如く紡がれ築かれた、しかし似て非なる世界での物語である。
転換点や起爆点はまるで異なると言うのに、文化、言語、戦争等、変化は奇妙に君達の世界とリンクする事も、まあ時折ある世界の物語である。
私はこれから、それを語らねばならない。
それが私の使命だから。
紙様の使命なのだから。
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「知らないと思うけどね」
歌うように言葉を紡ぐ。そんな君はさながら天使のよう。ハレルヤ、なんて言葉が脳裏を掠めた。
君の髪は風を孕んでふうわり揺れて。可愛いな、と思って見つめていたら、視線に気付かれて君は振り向いた。
「聞いてた?」
ちょっとだけ怒ったような顔。そんな顔の君も可愛らしくてたまらない。君は感情を表に出すのが本当に苦手だよね。
聞いてなかった、と謝れば、君はぷいっと顔を背けてしまった。ああごめんね、でも君の声が、髪が、顔が、全部が可愛いから。
「そんなおだてても、だめ」
そう言い残して、君は煙となって消えた。
線香の匂いが鼻を掠め、ぼうやりと目を開く。畳が頬に押し付けられていて、いや、今は自分が畳の上で横になっているのか。
ゆっくりと身を起こせば仏壇が、変わらない笑顔の君の写真が。
線香の煙を纏い、西日を浴びる君の遺影。もうほとんど声も思い出せないけれど、思い出は相変わらず色褪せない。
君がいた場所、君と交わした会話、君と食べたもの。全部全部が特別で、それを思い出せるのならば、いつでもどこでも楽園となり得るのだ。
仕事の都合上、二度と会えなくなった相手とのツーショットを今でも未練がましく眺めている君。
君がそうやって恋に敗れる姿を、僕はいつも傍で見てきた。
相手が酷い偏見持ちのストーカーだった時も、自分に自信が持てなくて代わりのロボを造ったら暴走して乗っ取られそうになった挙句振られた時も。
もうさ、諦めて僕にしなよ。確かに馬が合わない時もあるし、君の何かが欠けた言葉を上手く理解出来なくて喧嘩になるかもしれない、けどさ。
けど僕なら、君の傍にずっと居られる。
……そう言ったが最後、この心地いい居場所は永遠に失われるから、絶対に言える訳が無いのだけれど。
彼方の空へ、ひらりふわりと飛んでいく、何か白いもの。
ありゃ一反木綿かしらとよく目を凝らせば、なんだ、ただのビニール袋であった。
そりゃあ今日みたいな日に一反木綿が飛んでいる訳が無い。
何せ今日は年に一度の百鬼夜行デー、彼もきっと列に低空飛行で加わっているに違いないのだから。