くつくつと、鍋から聞こえる音。それだけで、ただただワクワクする。
今日は、突然気が狂ったのか豚を煮ている。煮た豚はタコスの肉になる予定だ。オレンジジュースとコーラのいい匂いがする。
深夜まで課題をやっていて、「あぁもう夜明けが来るだろうなぁ」という瞬間がなんとなく好きだ。課題だけじゃないけれど、課題だと達成感も相待ってより気持ちがいい。早朝は早朝特有の匂いがする。それをスパイスやらなんやらの匂いで上書きするのは、なんとなく罪深さがあってにやついた笑いが出る。
朝に鳴く鳥の声が聞こえる。カーテンから薄い青色が見えて、太陽が昇る気配を感じた。もうすぐタコスを食べられる。その前に、朝ごはんを食べてしっかりと体に力をつけよう。
『わたくしは、その小さくてつめたい手を握った。』
結末を書いた、その瞬間。ぱちり、とアプリが落ちてしまった。まぁ勝手にバックアップを取ってくるものだから。そう慢心した自分が馬鹿のようだ。
再び開いたアプリには、真っ白なキャンバスが広がっていた。そう、消えてしまったのだ。
ワクワクする私の世界。私だけのカナリヤは?スノードロップは? 慢心した自分、そしてバックで重いアプリを使っていたり、検索しながら書いていた自分の慢心さよ。
心臓が鼓動を打っている。悪い意味で。
薄暗い、青の空間。
アクリル製の壁越しに、それはいる。
ふわふわと。まるで踊っているかのように泳いでいる。
ただ流されるままなのかもしれない。
この雰囲気が、ただただ癒される。
ふわり ふわり ふわり
クラゲはただ、揺られている。
今日、海へ行った。
海沿いを歩くのはとても気持ちいい。湿度が高いはずなのに、爽やかで涼しい。
波際を見ていると、白く光る何かが見える。近づくと、小さな貝殻がキラキラ光っている。波に沿って歩くと、いろんな種類の貝殻が太陽の光を反射して輝いていた。
一つ、大きめの巻き貝が落ちていた。よく言われるように、耳に当ててみる。確かに、海の音が聞こえる。きっと海の音が貝の中で反射しているだけだと思うけど、ちょっと不思議な感じた。
昔は、海の中でずっといた貝殻の中に海の音が閉じ込められていると思っていた。そうだったら魔法使いみたいでいいなぁと。大人になって、そんなことはないとわかっているけれど。それでも、ちょっと夢がある。
太陽が沈んで、海がオレンジに染まる。そろそろ良い子は帰る時間。明日は何をやろうか。これを考えている時間は、いつもわくわくする。
きらめき
その村は、きらめきに満ちていた。
魔法使いたちが住む村は、すべてのものが美しい。石の煉瓦に混ざる、魔力を含む宝石の粒子が太陽に照らされてきらりと光る。屋根はどっしりとした丸太と、家ごとに違うカラフルな煉瓦が使われている。家の窓から下がる花たちは、まるで宝石のように美しい色合いである。魔法使いが織った布も、一本一本の糸は家庭で育てた花が使われている。風に吹かれて光が射すと、風が光って見えるようになる。
魔法使いたちは、遥か遠くの物語に出てくるものとは違う。精霊と話し、自然から力をもらう。それを駆使して物を作ったり、植物を育てたり、薬を調合して暮らしている。この国ではそれが大変重宝されている。
旅人の私からすると、すごく羨ましい光景だ。私が住んでいた場所は、自分からするとすごく色褪せている。機械、蒸気、石炭。煙と歯車でいっぱいの、モノクロの街に嫌気がさして旅に出ようと思った。魔法使いの村は、私の中で一番目の目的地である。
石畳の上を歩いていると、道でお婆さんに声をかけられた。私が長距離を歩いてきたことがわかるという。指さされたベンチで少し休んでいなさいと言い、彼女は家の中へと入っていった。大人しく座っていると、しばらくして青く透き通ったガラスのグラスを持って出てきた。さまざまなスパイスを、この土地で取れる果物と合わせたジュースだ。冷たくて爽やかで、不思議と懐かしい味がした。
彼女と話していて、この村でもやはり不便や不満はあるという。私の街が羨ましい。一度訪れてみたいとも言った。私は驚いた。こんなに輝いた、綺麗な村に住んでいてもそう思うのかと。
もしかして、私たちは自分達にないものを羨んでしまう時にあの「きらめき」を感じるのだろうか。きっときらめきが当たり前の生活になると、またその隣にあるきらめきが欲しくなる。それが、人という物なのだろうか。
お婆さんは続けて、その「きらめき」を追いかけるのが旅人なのだとも言った。私には、そのきらめきがわかる「目」があると。彼女に手を握られると、温かさが手から体へと流れて行くのがわかった。そうして、体が軽くなったような気がした。早く次の場所へ行きたい。
不思議な魔法をかけてくれたお婆さんとは、そこで別れた。軽くなった体が、前へ前へと動こうとしている。その前に、この村のご飯を食べよう。