心底気持ち悪かった。
恋人と別れて数日。未だに未練が残ってしまったのか、開いたツイートを見て盛大に後悔した。
元恋人が、新しい恋人をつくったこと。その恋人の名前を呼んでいたこと。
思わず口を抑えた。せりあがってくるものを堪えて、速攻ブロックして、とりあえず外に出てみたけど気分はよくならない。
それにしたって早すぎやしないか。あれだけ「別れたくない」だの「もう生きていけない」だの言っていたくせに。構ってくれるなら、愛してくれるなら誰だっていいのか、と行き場のない怒りだけが渦巻いている。言っちゃ悪いが、愛していたものがゴミになるというのはこういうことなのだろう。
ああ、気持ちが悪い。こんなことになるくらいなら、出会わなきゃよかった。今すぐ記憶から抹消したい。
でも、頭にひどくこびり付いている。何をしていたってそうだ。寝る時も起きる時もご飯を食べる時も仕事している時も、どんな時でも。
酷くよみがえってくる。
「はあ……」
この黒い空に溶かしたら忘れてしまえるだろうか。こんなにだだっ広いなら、私の悩みのひとつくらい受け入れてくれるだろうに。
あぁ、空が飛べたら。
夜空を駆ける
初恋だった。一目惚れだった。
その人と出会ったのは入学式のこと。桜の花びらがひらひらと舞い、少しひんやりとした風が吹くなかで、私は校門をくぐった。
真新しい制服に身を包み、体育館で長い話が終わったあとに、その人はやって来た。というより、登壇した。
鋭い衝撃がはしったのはその時だった。ライトに照らされるステージの上に立ったその人は、まるでアイドルのようで。私の心を奪い去るにはあまりにも充分だった。
その人の話が終わったあとも、余韻が忘れられず。どんな人なんだろう、話してみたい、などと淡い願いばかり抱いていた。それが学校のモチベーションになっていたのは言うまでもない。
学校が終わって出ようとしたとき、その人がいた。予想など出来るはずもなく、心臓が高鳴る。頬に熱が溜まっていくのが分かった。話しかけたい、と願っているのに怖い。
なんの接点もない人からいきなり話しかけられたら向こうだって警戒するし、もしかしたら嫌われるんじゃないか、と考えるだけで足がすくんだ。
「お待たせ!」
その声が、ひどく耳に響いた。
「おう、お疲れ様」
その人が、柔らかい笑顔を浮かべて手を挙げた。下駄箱から走ってきたのは息を飲みそうなほどに美しい人。絹のように美しい髪が夕日に照らされている。
やがて二人は一緒に帰っていった。取り残された私はその後ろ姿を眺めているだけ。
あぁ、なんだ……。
その事実がじんわりと胸に染み込んで、思わず涙が零れる。
淡い願いが、水に溶けていった。
2025/02/21
ひそかな想い
友達が壊れた。精神崩壊したらしい。
その子は言っちゃ悪いけど、どこにでもいるふつうの女の子。穏やかで真面目で、愛される人だった。
そんな人がいきなり精神崩壊したもんだから周りは騒然としている。なかにはその子と関わらないようにした人や、静かに縁を切った人もいるらしい。今でも変わらず友達として接している人は少しだけだ。
どうしていきなり壊れてしまったのか。友達として、この問題をスルーすることはできないので自分なりに調べていた時、とあるものを見つけた。
それは、鏡に向かって「お前は誰だ」と尋ねるもの。
手順は至ってシンプルで、鏡に向かって「お前は誰だ」と何回も言うこと。最初はどうってことないらしいが、日を重ねていくごとに自分が誰だかわからなくなり、精神崩壊するらしい。いわゆるゲシュタルト崩壊だ。
最近、私の周りではこういったオカルト的な遊びが流行っていて、体験を語る人は少なくない。目で直接見るならまだしも、言葉で伝えられるものだから信憑性がない。「へーそうなんだ」くらいで流すくらいがちょうどいいのだ(相手は不満そうだったが)。
正直、これまた信憑性がない。やってみた人の話も乗っているが所詮はネット。いくらでも嘘は書ける。
「こんなんで壊れるもんなのかな」
それでも、興味が湧いてしまったのは事実で。ちょうど鏡があったからその前に立ってみた。少し訝しげな自分の顔が映る。そして自分に指を突きつけ口を開いた。
「お前は誰だ」
***
クラスメイトが壊れた。精神崩壊したらしい。
その子は簡単に言うといい子だった。ちょっと冷たいところはあるけど、友達思いの子。
そんな人が精神崩壊というのだから、また騒然としている。前もこんなことがあった。真面目で愛される子が同じように精神崩壊した時はみんなぶっ倒れるんじゃないか、と思うくらいに騒ぎ立てた。今回も、同じだ。
数日前まではいつも通りだった子が、どうして変わってしまったのか。直接的な関わりがなくとも気になってしまったので調べた時、とあるものが目に止まった。
それは遊びというより、実験に近いものだった。
鏡に向かって「お前は誰だ」と尋ねるもの。毎日続けると自分が誰だかわからなくなって精神崩壊するらしい。ゲシュタルト崩壊、というものだそう。
「毎日、かあ」
一日一回言うだけでも変わるものなのか。精神崩壊したとしか聞いてないから、言う頻度は分からないけど、少しだけ興味があった。
飽きたらやめてしまえばいい。それだけだし。ちょうど、全身鏡があったのでそこに立って指を指す。
そして口を開くのだ。
「お前は誰だ」
2025/02/20
あなたは誰
付き合って、別れて、1人になった。
1人は気楽だ。相手のことを思う必要はないし、気にかけることもない。
だけど、ふと寂しくなる。
その寂しさを紛らわすように、私は引き出しを開けた。そこに詰まっている思い出を眺めようとしたとき、何も無いことに気がつく。
「あぁ……そっか」
捨ててしまったんだ。もうどうでもよくなって、感情のままにゴミ箱にぶち込んだんだった。ゴミ出しの日はとっくに過ぎてるし、今頃燃やされているんだろうか。
「まあ、いっか」
どうでもよくなって、引き出しを閉じた。
2025/02/19
手紙の行方
ただ、羨ましかった。
妬ましかった。
憎かった。
私の持ってないものをすべて持ち合わせているあんたが、ただひたすら羨ましくて妬ましくて憎たらしい。まるで見せつけられるかのよう。
お前にないものを持っている、そう言われているようで嫌になった。だから、ある日ぶちまけた。
「あんたのことが憎い」
そう聞いたあんたは、顔を顰めるわけでも涙を浮かべるわけでもなく、ただ「そう」としか言わなかった。
なんでよ。なんなのその反応は。
予想外の反応に、私の心が揺らぐ。
「どうして憎いの」
「……だって、あんたは私にないもの全部持ってる。人当たりもいいし、なんでも出来るし、いつも余裕ばっか……なんでなの、なんで私にないものがあんたにあるのよ」
後半はもはや叫ぶようだった。それでも、あんたの表情は微塵も変わらない。心がぐしゃぐしゃになっていく。
「生まれつきってこと?そうよね、結局はガチャの当たり外れだものね。ハズレならハズレらしく生きるしかないってことよね」
「違う」
凛とした声が、勢いを止める。
「なにが違うのよ、あんたは……」
「私は当たりじゃない。当たりだなんて思ってない」
「はあ!?」
「貴方から見た私は万能に見えるんだろうけど、違うよ。貴方は昔の私とよく似てる」
「どういうことよ、意味がわからない」
「じゃあ、昔の話をしようか」
そこで、あんたが昔の話をした。
ミスばかりでなにも出来なかったこと。
人当たりはよくなくて、孤立することが多かったこと。
余裕なんて、持ち合わせてなかったこと。
全部全部、今と真逆だった。
そして、今の私と同じだった。
「みんな原石なんだよ。磨くか磨かないか、それだけ」
「人と自分を比べて妬むくらいなら、磨くことに時間かけた方がいい。それが嫌なら1人になればいいよ、比べるものが無くなるんだから」
「随分と言うわね。喧嘩売ってる?」
「まさか。貴方が言うから返しただけなんだけど」
「分かってるわよ。……あんたの言葉通りなら、私は原石ってこと?」
「そうだね。磨く余地はいくらでもある」
磨くの?と挑発気味に言われたら、返す言葉はひとつしかない。
「やってやるわよ」
目の前で輝く、貴方に近づくために。
2025/02/17
輝き