ゆれる、ゆれる。
静かな水面が揺れている。
まるで、嵐の前の静けさのように。
ゆれる、ゆれる。
ひとつ雫が落ちてきて波紋を生む。
それは、突然のような必然のような。
ゆれる、ゆれる。
ひとつの雫で大きく揺れる。
だんだんと
小さな歪みが大きくなっていく。
はじまりは小さなきっかけ。
それが次第に大きく、深く歪んでいく。
それが、小さな小さな雫だったとしても。
あなたの雫はなんだった?
始まりは些細なこと。
小さな積み重ね。
神のいたずら。魔が差した。
越えてはいけない一歩。
越えなければいけない一歩。
裏表。裏返る瞬間。表立つ瞬間。
陰陽。影がさす瞬間。日が出る瞬間。
凹凸。塞ぎこんでしまう瞬間。
飛び出る瞬間。
何があなたを動かすの?
それは、小さな小さな何か。
それは、強力であり微力である。
-雫-
お願いします。
願いを叶えてください。
それが叶えば、何もいらないです。
本当に?
何もいらないの?
はい。何もいらないです。
何を望むの?
私を裏切った旦那とその女性を
生き地獄に落としてください。
貴女はどうなってもいいの?
いいです。もう、どうなってもいい。
憎い。憎い。死んでしまいたい。
死んでしまったら、何もなくなるよ?
いいです。もう、誰も信用できない。
生きていくのが辛い。
この苦しみから解放されたい。
あの人たちを苦しめたい。
可哀想に。何もいらないのなら、
その感情を消してあげましょう。
旦那さんと女性へ向けたその感情を。
私は何もいりません。
幸せも喜びも。
ただ
あいつらを地獄に落としてください。
何もなくなればいい。
全部全部失くなれ。無くなれ。
人が壊れるのは一瞬だね。
貴女はもう、何もないよ。
おめでとう。
何もいらない。
もしも未来が見えるなら
貴方の好みな女性になれるのに。
もしも未来が見えるなら
裏切る貴方と縁を切ったのに。
もしも未来が見えるなら
どの選択肢が一番良いかわかるのに。
もしも未来が見えるなら
貴方を好きにならずに
違う人を好きになったのに。
なぜ、未来を見せてくれないの。
苦しいだけなら生きていきたくない。
後悔が私に纏わりつく。
もう、死んでしまいたい。
もしも未来が見えるなら
私は
この年まで生きていなかったのかもね。
知らぬが仏。さようなら。
貴方と出会って。
私は日々パステルカラーのような、
暖かい色に包まれていた。
優しさと楽しさと。
最初はそれが続くように
お互い思いやっていた。そう思っていた。
だんだん、当たり前になってきては、
パステルカラーからビビッドカラーになり
濃く鮮やかになっていく。
うまくいく。何故か疑いのない感情。
貴方と一緒に終わりを迎えたいと。
私はそう感じて走っていた。
一人で走っていたのかもしれない。
貴方はどうだったかな。
どんな色に見えていたかな。
独りよがりになっていく。
愛しているのか、依存なのか。
だんだんと寒色系が似合うよう
になっていった。
貴方の帰りが遅い。帰らない日が続く。
私の色が濃く暗く濁り出す。
混濁した女性より鮮明な女性の方が魅力的だと納得するのに時間がかかった。
わかっている。
私は怠けすぎたし、頑張りすぎたのだ。
1人ソファーに座る。隣にはもう居ない。
狭いと感じていたソファー。
苦しい。悲しい。寂しい。憎い。嫌い。
どうして。帰ってきて。会いたくない。
羨ましい。痛い。いたい。
一緒に居たかった。
パステルカラーの思い出は
色がだんだんと抜けていく。
白黒のような。
もともと無かったかのように。
いっそ失くなってしまえば。
私は苦しまなくてすむのでは。
だんだんと薄れて無くなるのを
今は待つしか、私にはできない。
さようなら。あの時の私達。
さようなら。私の愛した貴方。
無色の世界
「私は夏が一番好きかな」
母は皿を洗いながら答える。
優しく微笑みながら。
何かを思い出しているかのように。
学校で一番好きな季節は何か
家族に聞いてくるように、と
課題を出されたのだ。
高校生にもなってなんで小学生のような
ことをしないといけないのか。
面倒に思いながら根が真面目な
私は聞いたのだ。「なんで?理由は?」
「んー、始まりだから。」
母の考えていること感じていることを
理解できる人はいるのだろうか。
なんだ、始まりだからって。
26年前にそんな話をしたことを
思い出していた。
あのときの元気な母はもう見れない。
病室の窓から見える桜の花は、
風にのって揺らいでいた。
「これ話したの覚えとる?好きな季節が
夏で、理由が始まるからって。
どーゆーことなんか今でもわからんのよ」目をつぶっている母に話す。返答があるともう期待はしない。
もう一度窓を見る。
桜は少し散っていて所々葉っぱがみえる。
「春は桜が散ってしまって悲しいけど、
夏の始まりだと思うと少し嬉しく思えるからよ、お父さんも夏が好きなのよ」
か細い声が聞こえた。
父はもう他界している。
あのときのように、優しく微笑みながら、何かを思い出しているかのよう。
「そっか、」手を握りながら返事をする。
母の一番の理解者は父だったのか。
父の一番の理解者は母だったのか。
私にはわからない。
お母さん、お父さん。
あなた達の好きな夏はもうすぐです。
桜散る季節は悲しいですが。
それは、始まりの合図ですね。
ゆっくり、休んでください。
母と一緒に過ごす夏が来ないまま
私は1人になってしまった。
私は春も夏も嫌いになった。
始まりがあれば、終わりがあることを
知ってしまったから。
桜散る それは、始まりの合図